第4話 古龍(エンシャントドラゴン)
ドラゴン専門のハンター、ドラゴンスレイヤーのフォルツから自分の魔力が原因でドラゴンが襲ってくるのではないか、と言われたフィーネは駅馬車の中で必死になって自分の魔力を抑え込もうとしたが全く抑え込むことはできなかった。
その間フォルツはいったん馬車を止め、周囲を警戒するため手に大剣を持って御者台に乗り移っている。
駅馬車が次の宿場町を目指して再出発して約15分。フォルツの心配は現実となった。
右手の山の稜線に白いドラゴンが現れた。稜線から現れたドラゴンは大きく羽ばたき、上空から駅馬車に向かってきた。その白いドラゴンは、これまで襲ってきた2匹の飛古龍と比べ桁違いに大きいことがフォルツには見て取れた。
「まずい! あれはただのドラゴンじゃない。古龍だ!」
ドラゴンに気づいた馬車馬は、暴れることはなかったが、その場で立ち止まり、それ以上動かなくなってしまった。
御者台から降りたフォルツは大剣を構えて、じっと古龍を見据えている。
その古龍は、これまでの2匹の飛古龍と違い、駅馬車に向かって突っ込んでくることなく、駅馬車の上空を旋回し始めた。
「古龍が襲ってこないので、いまのところ命拾いしているが、どうなっているんだ?
馬車の中のお嬢さんがどうなっているか見てみるか」
フォルツが構えを解いて駅馬車の扉を開けて中にいるフィーネを見ると、相変わらずフィーネの周りで魔力が渦巻いている。フィーネの顔を見ると、視線を宙に向けて様子がおかしい。
「お嬢さん!」
フォルツが声をかけても、フィーネの視線は宙に向いたままで返事はない。
フォルツは気になって、もう一度空を見上げると、古龍は依然街道上で停止している駅馬車の上空を舞っている。
――古龍など今まで間近に見たことはなかったが、襲ってこないということはどういうことだ?
古龍を恐れて馬車馬が動かなくなってしまった以上、馬車をどうすることもできない。御者は隠れるところがないので、今は御者台の上でうずくまり小さくなっている。
どうすることもできないままフォルツが上空を旋回する古龍を見上げていたら、古龍はもと来た山の方に飛んでいってしまった。
――一体どういうことだ。おそらくお嬢さんの魔力が原因なのだろうが、古龍はなぜ飛竜と違って襲ってこなかった?
答えなど分かるわけがない。
フォルツは仕方なく、御者台の上で小さくなっている御者に、ドラゴンは去ったと告げて、大剣を持ったまま馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込んだフォルツは、フィーネを見ると、フィーネの周りから魔力の渦は消えていた。目つきもしっかりしている。
「お嬢さん、大丈夫か? いまは魔力の渦は無くなったようだが何かあったのか?」
「はい、先ほどまで古龍とお話していました」
フォルツは、フィーネがあまりの恐怖に幻覚を見たのか幻聴を聞いたのかとどちらかだろう思ったが、魔力の渦が消えているのも確かだし、古龍も帰っていったので、フィーネの話をまじめに聞いてみることにした。
「お嬢さん、古龍とどういった会話をしたのか、教えてくれるかい?」
「私が怖くて目を瞑っていたら、急に頭の中で声がしたんです。『われは、白龍ピアジェ』って」
「それで?」
「はい。古龍は続けて『娘よ、われの言葉通りにせよ。さもなくば自身の魔力によって汝は滅びる』と。それで、私は古龍に向かって『何をすればよいのですか?』と問いました」
フォルツはこれまで古龍が人に話しかけることがあるとは聞いたことがあったが、実際どういった話をするのかまでは知らなかった。そのためフィーネの話を興味深く黙って聞いている。
「古龍は『ここより西に進み山を越えてさらに西に進め。そこに答えがある』と。そう言って去っていきました。気付けば魔力の渦巻きも消えていました」
「わざわざ古龍がお嬢さんに話しかけるために飛んできたということか。これは、古龍の言う通り西に向かっていくよりないと思う。
お嬢さん、俺も乗りかかった船だ。一緒に西に向おう。次の宿場町で揃えられるだけの装備を用意して西に向おう」
「フォルツさん、私なんかのために、いいのですか? 2匹の飛竜は放っておくのですか?」
「お嬢さんのためでもあるが、俺個人も興味がある。飛竜は諦めることになるが、お嬢さんは気にしなくていい」
「ありがとうございます」
古龍が去ってしばらくして馬車馬も落ち着いたようで、再び駅馬車は次の宿場町に向けて走り出した。それ以降、フィーネたちの乗る駅馬車にドラゴンが向かってくることはなかった。