Side クレナ episode.4
父さんは一旦会社に戻って、この異常さについて周りに確認してみると話していた。
私とクロウはというとセレンの行き先へ向かっていた。
セレンが向かうとする場所は大抵1ヶ所だ。
『幼馴染兼お世話係』
ウイングのところに向かうだろう。
と言うより、それ以外に行くところなど無いのだ。
私が周囲から畏怖と羨望を集めているとして
妹は周囲から温かな尊敬の念を抱かれているだろう。
当の本人は『姉様には私は敵わないもの。姉様みたいになりたいのに』と昔から話していた。
決して絶対的な強者ではないが
私には無い温かな関係を、人同士の対等な関係を結ぶことが彼女には出来るのだ。
なのに、彼女には『友』と呼べる存在がいない。
その理由は既に判明しているが、彼女は直す気がないようだ。
『ウイングが第一』という心根
それは親たちが幼いセレンに与えた宿命であり
姉と比べられて生きて来た妹にとって、唯一の使命でもあった。
そんなものを持たせてしまって、どうなるかなんて
誰も想像しなかったのだろうか。
「セレンちゃん、いるといいな」
元々口数の多くないクロウが今日はよく喋る。
「……、もしや私が落ち込んでいるかと心配しているのか?」
質問を無視して、言葉を紡いでみる。
「今日の君はよく喋る。普段の倍は感情が表に出ているような気がするな」
「そういうクレナはよく口角が上がってる気がするけど……」
図星をつかれたのか、少しだけ目線をずらしながら
それでも何か言い返したいのだろう
声のトーンを落としながら言葉は紡がれた。
「私の口角が上るのは、君といればいつでもそうじゃないか?」
そう。
学校では口角を上げる瞬間などない。
目を細めて、口を開いて笑うことなど無いのだ。
クロウと出会ってからというもの今まで垣間見えなかった
自分の表情や感情に出会っている。
これが本当の自分なのか
それとも取り繕った自分なのか
どちらとも言えないけれど
そのどちらも私であることに変わりないのだ。
セレンにとっても、あの幼馴染がそんな存在になっていればいいのだけれど。
そんな考えに浸りながら目的地へ向かう為に街の中心部に差し掛かった頃
声が響いた。
温かな鈴の音のような、聞き馴染みのある声。
「ねぇ、そんなに見られると流石に恥ずかしいんだけど」
それは紛れもなく妹の声であり
けれども
そこに妹の姿はなくて
あるのは
空虚な空間を見つめながら話を続ける妹の幼馴染みの姿だけだった。
「クロウ。あそこにセレンはいる?」
そう問いかけるが
「……」
返答がない。
不審に思い顔を覗き込むと
「いや、いないのに声がするんだ」
空虚な空間を
妹の幼馴染の不自然に繋がれた手の先を見つめていた。
「クロウ、父さんのところへ行こう」
一度この状況を整理する必要がある。
クロウは無言で頷き、私たちは踵を返した。
これは、本格的にこの世界がおかしくなっているようだ。