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「あなたにご褒美をあげるわ」
決闘の興奮さめやらぬテラスから広間に戻ると、カタリナは自らの思惑どおりに事が進んだことにご機嫌のようで、ささやくように私に告げる。
「それでは──私と一曲踊っていただけませんでしょうか?」
「おい、マリオン」
どういうつもりだ、と頭の中でわめくジャックを無視して、私は騎士の作法で辞儀をする。
「そんなことでいいの?」
「そんなことがよいのです」
返して、そっとカタリナの手を取って。
「じゃあ──」
カタリナの返事を待っていたかのように、楽団は私の知らない三拍子の円舞曲を奏で始める。その曲を聴いた誰かが──誰かと思えば、アプティス卿である──気を利かせたようで、いくつかの灯りを落として。黄昏の広間に浮かぶ月のように、私たちは二人だけで踊り始める。
カタリナは、やはり優れた踊り手なのであろう。私が踊れぬことを悟るや否や、踊りやすいように、と目線や手の動きで巧みに誘導を始める。私であれば、彼女の誘導にあわせるだけで、立派に踊りとおすこともできるであろうが──それでは、何の意味もない。
「身体、完全に貸してあげる」
つぶやいて、私は力を抜いて──おいおい、と俺は慌てて旋律にあわせて足を運ぶ。歩幅を大きく、より大胆に。カタリナに誘導されるのではなく、自らが誘導するように、力強く彼女の手を引く。
人が変わったように──人が代わったのであるが──踊る俺を、カタリナは不思議そうにみつめる。彼女のお披露目のために、二人で幾度となく踊った「月」と題された円舞曲。彼女は俺の踊りを覚えているであろうか──そう考えながら、彼女の背を強く抱いて。
「あ、わりい」
「ちょっと、あんた。何回踏めば──」
いつものところで、いつものようにカタリナの足を踏みつけて──いつものように彼女に非難される。つんと澄まして、すねるように唇を尖らせる彼女を、俺はどれほど愛おしく思ったであろうか。
「──いえ、何でもないわ」
カタリナは慌てて言葉を呑み込む。目の前にいるのは、素行不良の従兄ではない。リムステッラの騎士殿なのである。そう頭では理解しているであろうに、カタリナは俺のことを思い出したのであろうか、その瞳を潤ませる。もしかしたら、彼女の可憐な唇が、再び俺の名を紡ぐのではないか、と淡い期待を抱きながら踊って──しかし、彼女は涙をこらえるように唇をきっと結んで、ついぞ俺の名を呼ぶことはなかった。
ジャックとの約束ははたしたから、とアプティス卿に告げて、舞踏会を辞して──私はルターレ邸を離れて、いつぞやの広場を訪れる。
自らの血だまりの跡に立つジャックは、一言も発することなく、まるで話しかけられるのを拒んでいるかのように、じっと夜空を見あげている。
ジャックの野郎、恋も知らない乙女の胸に、ちくちくと痛む得体の知れない土産を残していきやがって、と恨めしく彼の横顔をにらんで──はたと気づく。
「──もう、思い残すことはないみたいだね」
見れば、ジャックには顔があった。自らうそぶくだけのことはある、たいそうな顔が。その顔は涙に濡れていて──涙がこぼれないように、と夜空を見あげていたのであろう、ジャックは慌てて涙をぬぐう。
「ジャック」
湿っぽい別れは嫌いだから。
「自分で言うだけあって、本当にいい男だったんだねえ!」
最初からその顔で現れてたら無視なんかしなかったのに、と私はジャックを褒めそやして、努めて明るく振るまう。
ジャックも同じ思いなのであろう。
「そうだろう、そうだろう」
私の称賛に、くつくつと笑いながら答えて。
「俺はアルターレ随一の伊達男」
うそぶきながら、まるで観衆の喝采に応えるように腰を折って──我が友ジャックは、闇にとけるように、儚く消えた。
「幽霊」完/次話「百雄」




