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「あなたがジャックの代わり?」
私よりもいくらか背の低い少女──カタリナは、上目で挑むように問いかける。
舞踏会の始まりを待ちながら、会場となるルターレ邸の広間の隣室で、私はカタリナと初めて顔をあわせる。リムステッラの騎士であり、巡察使である、と名乗る私に、カタリナはいぶかしげな視線を隠そうともしない。
「女の子みたいな騎士様だこと。本当に騎士なのかしら」
言って、カタリナはからかうように鼻で笑う。
「よく言われます」
私自身は、カタリナの指摘のとおり、正真正銘の女であるからして、彼女の発言を不快に思うこともないのであるが、よくもまあこんな尊大な娘を好ましいと言えるものであるなあ、とジャックの懐の深さに感心さえする。
「でも、服の趣味はわるくないのね」
「ありがとうございます」
フィーリから取り出した男ものの衣装は、旅具の語るところによると旅神が身に着けていたものであるらしく、今の私のように、どうしてもかしこまった場に出ざるをえないときのみ用いていたものであるのだという。古めかしくはあるものの、今なお残る伝統を重んじるつくりとなっており、カタリナのような若い娘からすると、それがかえって新鮮に映るのかもしれない。
「しかし、カタリナ様のドレスほどではありませんよ」
「そうでしょう」
私の賛辞に、カタリナは当然であると頷きながら返す。カタリナの衣装は、私のものとは異なり、当世風の菫色のドレスで、胸には蝶をあしらったリボンが揺れている。それは、まるでうら若き乙女が羽ばたく様の隠喩のようで、彼女のお披露目にふさわしいドレスであるように思える。
「ところで、あなた──マリオンも私の婚約者の座を狙ってるんじゃないでしょうね?」
「そんなことはありませんよ。私はジャック殿の代わりですから」
カタリナに問われて、私は苦笑しながら返す。女である私は、たとえ望んだとしても、カタリナと婚約することなどできはしない──とはいえ、彼女の疑念もわからないではない。カタリナは、アルターレの支配者たるルターレの令嬢なのである。彼女と結ばれたならば、そのものには莫大な持参金が手に入る。誰もが持参金目当てに求婚してくるのではないか、と疑心暗鬼になるのも無理からぬことであろう、と思う。
「お祖父様ったら、私に何の相談もなく招待客を決めたのよ」
カタリナは、アプティス卿の仕切りによるお披露目に納得していないようで、その不満をぶちまける。
「婚約者だって、私が直接選びたいのに、家柄だの何だのとうるさいんだから」
大事なのは顔でしょう、と息巻くカタリナに、その傍らでジャックが何度も頷いており──彼女には、ジャックのよからぬ教育が根づいているのかもしれない、と邪推してしまう。
「アプティス卿は、それだけカタリナ様のことを愛していらっしゃるのですよ」
「そんなこと、わかってるわよ。わかってるからこそ、もっと私の意に沿う愛の示し方をしてほしいの」
カタリナをなぐさめようと言葉を選ぶ私に、彼女は、ふん、と鼻を鳴らす。
「女みたいな騎士でも、女心はわからないのねえ」
やっぱり男なのね、とカタリナに納得されて、喜んでいいやら、悲しんでいいやら。
「小気味よいことを言うなあ」
私が男であると断定されたことがよほど面白かったものか、手を叩いて笑うジャックに、私は思い切り舌を出す。どうせ女心には疎いですよ。
「何してるの?」
「いえ、何も」
笑顔で答える私を、カタリナはいぶかしげにみつめて──やがて、広間から聞こえる招待客の喧噪が、ぴたりとやんで。私は誰にともなく、独り言のようにつぶやく。
「そろそろ始まるようですね」
舞踏会は招待客のうちでもっとも身分の高い小国の王族とカタリナの踊りから始まる。
白を基調とした広間には、魔法の灯りであろうか、部屋を囲むように、ぼう、と灯りが揺れている。やわらかい灯りに浮かびあがる広間は、まるで春の陽ざしに照らされた雲のように美しく、見るものの心を天上に誘う。
楽団の奏でる旋律にあわせて、王族とカタリナは、まるで雲上をすべるように踊る。その足の運びたるや、踊りに詳しくない私でさえ、二人が優れた踊り手であると確信できるほどで──息をするのも忘れて見惚れているうちに、満場の拍手をもって、二人は踊りを終える。
王族と踊り終えたカタリナは、次いで貴族と踊り、豪商と踊り──休みなく十人ほどと踊ったあたりで、次なる求婚者を笑顔で謝絶して、私のもとに逃げ帰る。
「次から次に、うっとうしいったらありゃしない」
「カタリナ様」
名を呼んで、言葉遣いをたしなめる。大した礼儀も知らぬ私に諫められることを恥じてほしいと思うのであるが、カタリナはどこ吹く風、はいはい、と品なく返して、広間から逃げるように──求婚者から逃げるように、軽食の用意された別室に向かう。
「私の普段の苦労、わかっていただけましたかね」
と、胸もとでフィーリが聞えよがしにつぶやいて──わかりたくもない、と旅具を指で弾いて返す。
「カタリナ様、ご機嫌麗しゅう」
カタリナの思惑とは裏腹に、別室に移るや否や、新手の求婚者が現れる。どうやら、身分の高いものたちに割って入ってまでカタリナを踊りに誘うことのできないものたちは、彼女が別室で休憩するのを待ち構えていたようで──待ち伏せされたカタリナは、麗しくねえよ、と答えるわけにもいかず、やむなく求婚者の群れに応対することとなる──とはいえ、それも十人ほどが限度のようで。
「マリオン、私、夜風にあたりたいわ」
次なる求婚者を笑顔で謝絶して、カタリナは澄ました顔で私に救いを求める。とにもかくにも、求婚者から逃れたいのであろう、夜風にあたりたいと言い出したカタリナを連れて──ま、しばしの休息は必要であろう──私は別室からテラスに出る。軽食のいくつかを銀盤に載せて、カタリナの後ろにつき従う様は、付き添いというよりは給仕であろうな、と自嘲しながら、テラスの椅子を引いて、彼女に座るようにうながす。
テラスには、ちらほらと先客の姿が見える。招待客のうち、カタリナとは家格の釣りあわぬ子女たちは、どうやら早々に自らにふさわしい相手をみつけたようで、そこかしこで仲睦まじく愛を語らっている。
「疲れた」
「でしょうね」
およそ豪商の令嬢とは思えぬ格好で天を仰ぐカタリナに同情しながら、私は軽食を給仕する。
「食べさせて」
「自分で食べてください」
あーん、と開くカタリナの口を閉じさせて──つまらない男ね、と罵倒されながら、私は給仕を続ける。
「──お初にお目にかかります。カタリナ様」
しかし、逃げ出した先──テラスでさえも、安息の地ではなかったのである。広間から追いかけてきたのであろうか、見事な髭をたくわえた男が、大仰な身振りでカタリナに話しかける。
「無粋な方ね」
と、カタリナは、男に目もくれずに、すげなく返す。
「私を口説いてテラスに連れ出すのならともかく、テラスで休憩しているところに声をかけてくるなんて」
「カタリナ様」
言葉遣い──口説くなんて言わないで、と目で訴えるのであるが、疲れはてたカタリナには、ぞんざいに返す余裕すらないようで──彼女は手をひらひらと躍らせて、それを私への返事の代わりとする。
「これは手厳しい」
カタリナの言葉に、男は苦笑しながら返して、右手で顔を覆って──その指の間からのぞく獰猛な眼光に、私は思わず身構える。
「──おい」
と、今まで和やかにカタリナのお披露目を見守っていたジャックが、怒気をはらんだ声をあげる。
「奴だ──奴こそが調教師だ」




