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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第14話 幽霊

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3

 私はフィーリから取り出した古代貴族の衣装で男装して──令嬢を守るのであるから、男の方がよかろうという安直な発想である──ジャックの案内で、白亜の宮殿のごときルターレの邸宅を訪れる。応対に現れた老爺に、ジャックの友人であることを告げて──次いで、巡察使の証を見せて、自らがリムステッラの騎士であり、あやしいものではないことを示して、件の従妹殿に取り次ぎを依頼する。


「これはこれは、はるばるリムステッラからおいでとは、ようこそいらっしゃいました」

 と、老爺は遠路の労をねぎらって──誰に許可を得るでもなく、私を先導するように邸内を歩き始める。


 ルターレ邸は、外観だけでなく、その内観に至るまで雪のように白く、まさに白亜の邸宅であった。それでも、不思議と冷たい印象を受けないのは、ところどころに用いられている木材の深い暗褐色が、見るものの心をやわらげるからであろうか。

 贅を尽くした調度に見惚れて歩くうちに、私は広間と見紛うほどの応接室に通されて──老爺は、家主が座るであろう豪奢な椅子に腰をおろして、おもむろに口を開く。


「ようこそ、リムステッラからのお客人よ」


 そうして、私はようやく気づく。目の前にいる老爺こそ、ルターレ商会の会長──アプティス・ルターレその人である、と。


「どうして教えてくれないの!」

 傍らに立つジャックに、ささやくように苦情を述べる。

「せっかくの祖父さんの趣向を、邪魔するわけにもいかんだろう」

 うそぶくジャックは、顔がないというのに、やはり笑っているであろうことだけは伝わって、腹立たしいこと、この上ない。


「お初にお目にかかります。マリオン・アルダと申します」

 告げて、私は騎士の作法で、うやうやしく辞儀をする。


 団長に、巡察使になるからには、せめてこのくらいは、と徹底して躾けられただけのことはあって、それなりに様になっている。はずである。


「リムステッラの騎士殿──それも巡察使殿にお目にかかることができるとは、いやはや、長生きはするものですなあ」

 言って、アプティス・ルターレ──アプティス卿は、好々爺然とした相好を崩す。


 アルターレを治める豪商たちのうち、ルターレ商会の会長を務めるアプティス卿は、アルターレの実質的な支配者である、とジャックは語る。そもそも、アルターレという都市の名も、ルターレ商会にちなんでいるというのだから、その権力たるや、推して知るべしである。


「それにしても、マリオン殿のような清廉な騎士殿が、()()ジャックのご友人とは、いささか信じられませぬなあ」

 アプティス卿はどこか愛嬌のある仕草で首を傾げるのであるが、その目は一向に笑っておらず、私の背筋に冷たいものが走る。

「ジャック殿とは、手紙のやりとりをしておりました」

 言って、私は懐から取り出した手紙をアプティス卿に渡す。

「ほう──確かに、ジャックからの手紙のようですな」

 そうであろう。何せ、ジャックが私に憑りついて書いた手紙なのである。筆跡から、その言葉遣いに至るまで、違えることなどあろうはずもない。


「手紙にあるように、ジャック殿より従妹殿のお披露目に招かれておりまして、こうして馳せ参じた次第です」

「まさか、本当に──」

 私の口上が届いているものかどうか、アプティス卿は手紙の文面を目で追いながら──文案はフィーリである──そこから滲み出ているであろう私とジャックとの友情に、驚きを隠せないようで。

「ジャックに──友人がおりましたか」

 しぼり出すように言って、アプティス卿は目を潤ませる。そこには、先ほどまでの商会長としての仮面はなく、孫を慈しむ祖父としての顔があらわになっており──私はその飾り気のない涙に親しみを覚える。

「祖父さん、何も泣くことはねえだろう」

 俺に友だちがいねえみたいじゃねえか、とジャックはぼやく──が、アプティス卿の様を見るに、まともな友人はいないのであろう。


「ジャックは幼い頃から素行不良でしてなあ」

 話し相手を得たり、と思ったのであろうか、アプティス卿はジャックのしでかした過去の悪さについて嬉々として語り出し、私は笑いをこらえながらその話に耳を傾けて──時折、こらえきれずに吹き出して──ジャックは隣で居心地わるそうにふてくされている。


 ひとしきり談笑して、会話が途切れたところで──私は若干の逡巡の後に切り出す。

「ジャック殿は、お亡くなりになったとうかがっておりますが──」

「──詳しいことはわかっておらんのです」

 アプティス卿は溜息をつきながら答える。

「ジャックは、見目だけはよかったもので、女難の絶えぬ男でしてなあ。なまじ、剣の心得があったものだから、女をめぐって決闘紛いの喧嘩に発展することも多く──それで敗れて殺されたのではないかというのが、今のところの衛兵の見立てです」

「ま、間違ってはいないな」

 言って、ジャックは他人事のように、自らの死因に頷く。


「カタリナのお披露目の付き添いを買って出ておきながら、勝手に喧嘩で死んでしまうとは、まったく不孝な男です」

 アプティス卿は首を振りながら溜息をついて──誰よりもジャックの死を悼んでいるのは、もしかしたら目の前の老爺なのかもしれない、と痛ましく思う。

「もしよろしければ、その大任──私にお任せいただけませんでしょうか」

 ジャックとの事前の打ちあわせのとおりに、私はカタリナのお披露目の付き添いを買って出る。

「──ほう」

 つぶやくアプティス卿の顔が、商会長としてのものに戻る。孫娘のお披露目の付き添いを、大国リムステッラの騎士が務めるのである。わるい話ではないであろう、というジャックの目論見は、あやまたずアプティス卿の心をつかんだようで。

「願ってもないことですなあ」

 アプティス卿は顎をさすりながら、しみじみと頷く。

「それでは──」

 と、私は再び騎士の作法で、うやうやしく辞儀をする。


「亡きジャック殿に代わり、必ずやカタリナ様をお守りいたします」

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