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「ちょっと休憩しようか」
冒険者を見送って、ふう、と息を吐き出す。疲れているというほどではないが、小腹はすいた。魔物の死骸から離れて、部屋の隅に腰をおろす。
「私が預けた鹿肉、出してくれる?」
胸もとの旅具を、こつこつ、と指先で叩く。
「どれを出しましょう。解体したままの生肉、それを塩漬けにしたもの、さらに燻製したもの、とありますが」
「全部」
塩漬け肉をかじりながら、燻製肉の塊を薄切りにする。薄切りにした燻製肉を食べながら、チェスローで仕入れた香草をまぶして生肉を焼く。完璧な計画である。
「野菜も食べませんと」
「わかってるよ」
「ぬしら、迷宮の中で好き勝手するのう」
フィーリから薪を取り出して、調理しやすいように──場所によって火力が変わるように──組みあげる。フィーリに合図すると、薪は瞬く間に燃えあがる。黒鉄も慣れてきたようで、突然の着火に驚くこともない。
鋳鉄の小さな鍋に油を引いて、火にかける。火の強いところに置き、鍋が熱されたところで鹿の背肉の塊を入れて、表面に焼き目をつける。野性味あふれる肉の香りが立ちのぼり、何とも食欲をそそられる。
十分に焼き色がついたところで、火の弱いところに移す。野菜や香辛料を加えて、蓋をして、じっくりと焼く。焼きすぎて肉が硬くならないように、時折火からおろして、余熱で火を通すことも忘れない。
鹿肉の燻製をつまみながら、焼きあがりを待つ。燻製は黒鉄の口にあったようで、しきりに、酒さえ飲めれば、とつぶやいている。
しばらくして、鍋を火からおろす。焼きあがった鹿肉をナイフで切り、断面の焼き具合を確かめる。よし、十分に火が通っている。
「さ、食べよう!」
鹿肉を切りわけて、鍋のまま黒鉄の前に置く。
「では、儂から」
大きめに切りわけたはずの鹿肉を、さらに大きな口に一口で放り込んで、舌鼓を打つ。
「新鮮な肉じゃ。うまいのう」
ふふん。一射で仕留めて、すぐに処理をしたのだから、ぬかりはない。
黒鉄は、酒さえ飲めればのう、と繰り返す。とはいえ、迷宮で酔っ払うのをよしとするほど判断が鈍っているわけではないようで、どうにかこうにか我慢している。
「では、私も」
切りわけに使用したナイフでそのまま鹿肉を刺して口に運び、刃先に気をつけながら、行儀わるくかぶりつく。焼き加減は絶妙だったようで、すっと歯が通って噛みきれるほどにやわらかい。私の適切な下処理のおかげで臭みはなく、癖のない、しかし鹿肉らしい野趣あふれる味わいが、口いっぱいに広がる。
「こんな新鮮な肉を、どうやって保存しておったんじゃ?」
よく食べる。すでに半分以上の鹿肉をたいらげておきながら、さらに新たな一切れに手を伸ばして、黒鉄が問う。
「よくわからないけど、フィーリは食料やら何やら、新鮮なまま保存できるんだってさ」
「何でもありじゃな」
フィーリのおかげで、迷宮の奥でも、ごちそうにありつける。不思議な旅具との出会いに感謝しながら、肉を口に運ぶ。
「ぬし、料理の才能もあるんじゃのう」
「そう?」
素直な称賛に疑問で返しながらも、実のところ弓の腕を褒められるよりもうれしくて、自然と頬が緩むのをこらえられないのであった。