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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第14話 幽霊

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1

 私たちは、船長たちに別れを告げて、黒鉄の故郷を目指して北上し、アルターレの街へとたどりついていた。アルターレは、いくつかの街道の交わる要衝であり、南に貿易港であるルトゥスを擁していることもあって、交易都市として栄えている──とはロレッタの談である。以前にアルターレを訪れたことがあるというロレッタによると、何でもアルターレは一帯を治める小国の王から自治を認められている──いや、認めざるをえないほどの経済力を有しているらしく、豪商たちの治める都市なのだという。


 そんな街だからであろうか、アルターレにはあちらこちらに、貴族でも泊まるのであろうか、と思えるほどの豪奢な宿が建ち並んでおり──私たちは、旅の疲れもあって、奮発してそのうちの一軒に宿をとり──当初、私たちの宿泊を快く思っていなかったに違いない宿の主人は、金貨を見せるなり態度をあらためた──アルターレに逗留することを決めた。


「では、儂は行く」

 宿に荷をおろすなり、そう言って、黒鉄は鍛冶屋に向かう。どうやら、イベルトスでそうしたように、鍛冶屋の一画を借り受けて、海神に打ち砕かれた鎧の修理をするつもりのようで、当分は帰ってこないであろうな、と思う。


「じゃあ、あたしも」

 ロレッタはといえば、何でもアルターレの近郊に知人がいるらしく、父親の過去について尋ねてみるつもりのようで、こちらも早々に出かけていく。父親のことをあれこれと話している間、耳をふさいでいたので、正確なところはわからないが、おそらく当分は帰ってこないであろうな、と思う。


 黒鉄とロレッタがいない。何たる好機であろうか、と私はほくそ笑む。ベッドに飛び込んで、ごろごろと転がりながら、そのやわらかさを堪能して──天井を見あげて、決意する。今日こそ、万難を排して、読書にふけるのだ、と。



 私は、宿に引きこもるために、買い出しに出かける。単に引きこもるのであれば、フィーリに保管しているものだけで事足りるとも思えるのであるが、それでは何とも風情がない。私は旅情を深めながら、かつ読書も楽しみたいのである。宿の前の大通りを行き、商店をのぞいては、あれやこれやとアルターレの名産と思しきものを買い込む。見たこともないような南国の果物に、甘い香り漂う揚げ菓子、はてはアルターレ近郊にしか出まわらないという謳い文句の薬草酒に至るまでを買い込んで、私は大荷物を抱えて──前が見えないほどの大荷物であるが、私にとっては、さほど問題ではない──宿に戻ろうと踵を返す。


 宿までの道すがら、広場を横切ろうとして──前が見えないからであろうか、行きには気づかなかった石畳の()()に目が留まる。


 広場の石畳に、赤黒い染みが残っている。染みに近寄って、くん、と鼻を鳴らして──おそらく、血だまりの跡であろう、と見当をつける。アルターレのような華やかな街でも、刃傷沙汰に及ぶような喧嘩があるのだな、と行き過ぎようとして──血だまりの傍らに、誰かの足があることに気づいて、驚いて立ち止まる。いくら前が見えないとはいえ、私が気配を読み誤るとは。何ものであろうか、と足もとからゆっくりと視線をあげて、荷物を避けて、相手の顔をのぞき込んで──はたと息をのむ。そこには、あるべきはずの顔がなかったのである。


「──あんた、俺が見えているのか?」

 そう問われて、私は思わず舌打ちをする。荷物を顔の前に戻して、前を見ずに歩き始める。顔のない男──口調からするに、おそらく男であろう──は、おそらくこの世のものではない。どういう因果か、たまたま私の目に映って、それを相手に気づかれてしまった、というわけである。幽霊なんてものは、この世に未練があるものと相場が決まっている。下手に受け答えすれば、面倒なことに巻き込まれるのは目に見えているし──何より、私は今から読書にふけりたいのである。


「おい、あんた、俺が見えてるんだろ?」

「見えてません」

 すげなく返して、追いかけてくる顔のない男から逃れるように、私は足早に広場を通り過ぎる。しつこく追いすがる男を無視して宿に帰り着き、部屋に荷物をおろして──南国から届いたばかりという果実を取り出して、皮をむいて黄金色の果肉にかぶりつく。その、とろけるような甘さといったら! 南国とは、かくも甘き楽園のごとき地であろうか、と夢想して──瞬く間に果実をたいらげて、手についた果汁を、真祖の外套でぬぐう。


「あ、またやりましたね」

 と、フィーリが見かねて苦言を呈する。真祖の外套は、どういう原理かはわからぬが、汚れてもすぐにきれいになるのであるからして、汚れた手をふくにあたって、これ以上に適したものはあるまいと思うのだが、フィーリに言わせれば、大変な罰当たりということになるらしい。

「はいはい」

 フィーリの小言を聞き流して、赤毛の勇者の冒険譚を取り出して、ベッドに飛び込んで寝転がり──さて、準備は万端。いざ読書、と意気込んだところで。


「──どこまでついてきてんの」

 何がなんでも私の反応を得ようとして、ついには目の前で踊り始めた顔のない男に──目障りなこと、この上ない──私は渋々話しかける。

「やっぱり見えてるんじゃないか」

 言って、男は踊るのをやめて──顔がないというのに、してやったりと笑っているであろうことだけは不思議と伝わって、それが何とも腹立たしい。

「それで、何の用なの?」

「頼みたいことがあるんだ。俺のことが見えて、声も聞けるなんて、あんた以外にいないんだから、もうあんたに頼むしかないんだよ」

 尋ねる私に、男はいくらか真摯な態度で願い出る。

「さっさと片づくことなら」

 言って、私は本日の読書をあきらめて本を閉じて──読書の再開のために、幽霊の願いとやらをかなえてやるか、と渋々決意する。

「もちろん、さっさと片づく。明日には片づく」

 男は調子のいいことを言いながら、本題を告げる。


「ある女を守ってほしいんだ」

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