表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第13話 海神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/311

5

 私たちは、漁村の広場に立っていた。


 先ほどまで押し寄せる津波に上も下もわからぬほどに翻弄されていたというのに、いつのまにやら周囲に海水はなく、代わりに曇天の空と陰気な村が、私たちを囲うように存在している。


『──』

 フィーリが何やら唱えると、放心するように立ち尽くしていた皆は、我を取り戻したようで──呼吸も荒く、その場にへたり込む。

「みんな、大丈夫!?」

 皆の身を案じて、慌てて駆け寄って──今にも倒れてしまいそうな黒鉄とロレッタの肩を抱く。二人は苦しそうに肩で息をして、青白く憔悴している。他方、アウィア婆はといえば、どうやら早々に意識を失っていたようで、二人の傍らに横たわっている。身体を揺すって起こそうとして──いや、起こさぬ方が負担は少なかろう、と思いとどまる。


「神気にあてられたのです」

 フィーリがそうつぶやいて──なるほど、と頷く。あれの神気は、真祖や黒竜の比ではなかった。フィーリに精神を保護されていた私はともかくも、他の皆は運が悪ければ発狂していてもおかしくなかったのではないか、と考えて──自らの想像に身震いする。


「あ、あれは、いったい何なんじゃ?」

 正気を取り戻した黒鉄は、荒い呼吸のまま、フィーリを問い詰める。

「おそらく──異神のうちの一柱ではないかと思います」

「異神?」

 聞き慣れぬ旅具の言葉に、私は思わず問い返す。

「異神をご存知ないのですか?」

「知ってる?」

 知っていて当然といった口調のフィーリであるが、私は異神など知らず、黒鉄とロレッタにも尋ねてみる──が、二人とも、私と同じく知らないようで、首を振って答える。

「さすがに、原初の神はご存知ですよね?」

「そのくらいは知ってる」

 幼子でも知っているようなことをあえて確認する旅具に、いくらかむくれながら答える。


「原初の神は、この世界の始まりの神です」


 続けてフィーリの語ったところによると、原初の神は世界の器をつくるとともに、旧き神を生み出したもうたのだという。旧き神は、その力のすべてを、世界を形づくるために用いており、世界を司る余力はなかった。そこで原初の神は、世界をよりよいものとするために、新しき神を生み出そうとして──そして、もはや自らにその力が残っていないことを悟り、異なる世界から、新しき神となるべきものを呼び出したのである。故に、新しき神は──。


「──異神と呼ばれているのです」

 と、フィーリが結ぶ。


「原初の神をはじめ旧き神々は、今や世界を維持するためにのみ存在しています。故に原初の神の呼び出したもう新しき神──異神こそが世界を司る──いや、世界をほしいままにする神々なのです」

 フィーリの口ぶりからすると、旅具は異神の存在を好ましくは思っていないようで──世界をほしいままにするとは穏やかではないな、と私も眉根を寄せる。


「先ほどの異形は、海底神殿に封じられた異神の一柱──海神ではないかと思います」

「──この世界には、神が顕現しておるというのか!?」

 黒鉄が驚愕の声をあげる。

「みなさん、見たじゃありませんか。その神の()姿()を」

「あ、あんなの、神じゃない! ただの化物じゃない!」

 ロレッタは、いまだ海神の神気にあてられているのであろうか、取り乱しながら、わめき散らす。


「次元回廊をつくり出したのは、その化物──海神のしわざでしょう。おそらく、この漁村は奴の餌場の一つなのであろうと思います」

「──餌場?」

 嫌な響きをともなう言葉に、思わず聞き返す。

「奴は絶望を喰らうのです」

 淡々と語るフィーリの言葉に──津波に呑まれる直前、海神が何か黒いものを吸いあげて喰らっていたのを思い出す。

「奴は、この漁村の滅びのときを切り取って、閉じ込めて、何度も──何度も滅びを繰り返して、そのたびに人々の絶望を喰らっているのです」


「──そんな」

 フィーリの語る海神のおぞましき所業に、悲痛な声をあげたのは、いつのまにやら意識を取り戻していたアウィア婆だった。彼女の心中は、察するに余りある。アウスは──アウスの魂は、次元回廊にとらわれて、繰り返し、繰り返し、海神の餌食となっており──さらに、その牢獄からは、未来永劫、逃れられぬというのである。最愛の夫の惨憺たる有様に、彼女の絶望はいかばかりであろうか、と思いやり──まさか、その彼女の絶望さえも海神の糧となるのであろうか、と思い至って、私はその底知れぬ悪意に震える。


「あれに頼み込んで、次元回廊の外に出してもらうなんぞ、可能なことなのか?」

「──海神は、異神の中でも特殊な神です。意思の疎通は難しいと言わざるをえないでしょう」

 黒鉄の問いに、フィーリはすげなく答える。確かに、海神は神代の言葉を用いていたというのに、私はその思考を理解することができなかった──であれば、意思の疎通など、土台無理な話であろう、と思う。


「──となると、次元回廊を打ち破るしかありません」

 フィーリは力強く告げて──私の心に、一条の光が射し込む。

「次元回廊から脱出するには、まず海神を撃退する必要があります。奴を撃退し、弱らせた後、次元回廊を打ち破るのです」

「あの化物を撃退するって、いったいどうやって」

 先ほどよりは、いくらか落ち着いたのであろう、ロレッタは取り乱すことなく、しかし悲観的に尋ねる。

「まず、短い時間にはなりますが、みなさんが正気を失わぬよう、私が補助します」

「そのようなことができるのか?」

 黒鉄は、神気にあてられたときのことを思い出したのであろう、半信半疑といった様子で、驚きの声をあげる。

「でも、正気を失わなかったとして、短い時間で、どうやってあの化物を──」

「あ──」

 と、ロレッタの言葉を遮って、声をあげて──私は旅神の弓を取り出す。

「そう、弓の封印を解除します」


 旅神の弓は「星を穿つもの」という異名を持っている。星を穿つことのできる弓であれば、あるいは神をも穿つことができるやもしれぬ──そう思い至って、私は希望を取り戻す。


「星を穿つものの力であれば、海神を滅ぼすことまではできなくとも、撃退し、この次元回廊を打ち破ることくらいはできるはずです」

 黒鉄とロレッタは、旅神の弓を見やって──二人の目にも、希望の灯がともる。


「ただ、封印の解除には、かなりの時間を要します。さらには使い手の負担も大きく、解除するまでの間は、いくらマリオンであっても、動くことはできないものと思われます」

「私の負担なんて、どうでもいいよ。でも、時間がかかるっていうのは──」

 海神の巨大な触手──獰猛に蠢いていたそれを思い起こして──私は、らしくないことに、わずかな希望をも失いそうになる。何とかして奴の触手を封じなければ、旅神の弓の封印を解く間もなく、私たちは確実に絶命するであろう。


「マリオン、何本いける?」

 黒鉄の問いの意図するところを察して、私はしばし思案する。

「四つ身に分身して、風撃で三本が限界かな。私自身は、弓の封印も解除しなければならないから」

「儂は斧で一本、盾で一本というところかのう」

「あ、あたしは、爆炎なら、たぶん一本は……」

 私たちは、互いに希望的観測を述べて──それでもなお、すぐそばにまで忍び寄る死の気配を打ち消すことはできない。


「触手は何本あったかの?」

 おそらく、答えは黒鉄にもわかっていて──不安を払拭したくて、藁にもすがる思いで、もしかしたら、と私に尋ねているのであろう。

「たぶん──八本」

 それは、私たちの希望を打ち砕くには十分の本数であった。

「残り二本か……。運よく儂に襲いかかってくれれば、儂なら生き残ることができる──かもしれん」

 黒鉄は希望的に語る──が、一本ならばともかく、二本ともがその身を襲うとなると、いかな黒鉄であっても、無事に済むとは思えない。分の悪い──いや、悪すぎる賭けに、皆一様に沈み込む。


「どんなにうまくいっても、誰かは死ぬかもしれない」

 残りの二本の触手の行方によっては、誰かが死ぬのは避けられないように思えて、私はそう告げる。それは、私かもしれない、と身近に迫る死に、ぶるり、と震えて──いや、私は脅えているのではない、と自らに言い聞かせる。私は、人間の絶望を喰らうために、死者から安らかな眠りさえも奪うという海神の所業が、許せないのである。たとえ、相手が神であっても、一発ぶん殴ってやらねば気が済まない──そう決意して。


「何があっても──仮に私が死ぬようなことがあっても──必ず矢は放ってみせる」

 私は絶望に立ち向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ