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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第13話 海神

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83/311

3

 私たちは、漁村の広場に立っていた。


 先ほどまで海底を歩いていたはずであるというのに、いつのまにやら周囲に海水はなく、代わりに曇天の空と陰気な村が、私たちを囲うように存在している。


「──次元回廊」

 ぽつり、とフィーリがつぶやく。

「間違いありません。私たちは次元回廊にとらわれてしまったようです」

「次元回廊?」

 聞き覚えのない言葉に、私は旅具に問い返す。

「次元回廊とは、何ものも脱することのできぬ時の牢獄です。おそらく、我々は次元回廊にとらわれており、この漁村から出ることはできないものと思われます」

 と、フィーリは淡々と答える。


 まさか、と半信半疑のまま、私たちはフィーリの言葉の真偽を確かめるべく、漁村の周囲を探索してまわる。漁村は、その四方を膜のようなもので覆われていて──膜はうっすらと灰色がかっており、その先を見通すことはできない。試しに、と膜に向けて旅神の弓を放ってみるものの、矢は膜に吸い込まれるように消えて──世界は変わらず閉じたままである。


「次元回廊は、あらゆる攻撃を受けつけません。それをつくり出した存在の力が弱まって初めて、打ち破ることができるのです」

「次元回廊を、つくり出した、()()?」

 フィーリの言葉に、思わず問い返す。いかなる存在であれば、次元回廊なる不可解なものをつくりあげることができるというのであろうか。

「何ものによるものかはわかりませんが──神に等しきものでなければなしえない偉業です」

 フィーリに、神に等しきもの、と明言されて──私は、ごくり、と喉を鳴らす。

「神に等しきものにとらわれた──って、あたしたち、ここから出られるの?」

「そのものの許可があれば、出ることはできるはずです」

 うろたえながら尋ねるロレッタに、フィーリは安心させるように答える。

「ふうむ。つまり、神に等しきものとやらに頼み込んで、外に出してもらわねばならんということか」

 そう、黒鉄がつぶやいて──それがいかに困難をともなうものやらわからぬが、当座の方針がさだまったことで、私たちはいくらか落ち着きを取り戻す。


「──マリオンちゃん」

 と、それまで一言も発することのなかったアウィア婆が、おもむろに口を開く。

「ずっと昔のことだから、記憶が曖昧で、なかなか確信が持てなかったんだけど──」

 彼女は周囲の景色を確かめるように見渡して──やがて、間違いない、と断言する。

「──ここ、私たちが目指していた漁村よ。海に沈んだはずの」



 私たちは膜から離れて、漁村の中心に向けて歩き出す。

 漁村は、かつては栄えていたのであろう。村の大通りには、漁村には似つかわしくない立派な家屋が建ち並んでおり──そして、それらのほとんどは、今にも崩れ落ちそうな空き家となっている。

 村は、異様な──生臭さ、とでも言えばよいのであろうか、腐った魚のような、吐き気を催す異臭に包まれている。見れば、人の住んでいると思しき家の庭には、食い散らかしたような魚の死骸や貝殻などが打ち捨てられており──異臭の出どころはあれであろう、と見当をつける。

 やがて、村の中心──二つの通りの交わるあたりにたどりつく。出歩くものの姿はほとんど見られないものの、周囲の家には気配があるのだから、人がいないというわけではないのであろう。

 私は、よろよろと足を引きずるように歩く男を呼びとめて。

「あの、すみません──」

 そう声をかけたところで──息をのむ。声に振り返った男は、痩せぎすで、異様に青白く、無表情な顔で私をみつめる──その目。顔から飛び出しそうなほどの大きな目と、ひらたい鼻は、まるで──。

「まるで、魚か蛙のような顔じゃのう」

 黒鉄は、面と向かって、大変失礼なことを口にする。私は言葉を呑み込んだというのに。


「この村に、宿はありますか?」

 私は黒鉄の非礼を詫びて、男に尋ねる。何はともあれ、拠点となる場所は必要であろう。

「──」

 男は聞き取れないほどの声で何かをつぶやいて、私たちの来た道にある空き家を指す。

「マリオンちゃん、この村には宿はないの。旅人には、空き家を貸してくれるのよ」

 事情の呑み込めない私に、アウィア婆はそっと耳打ちする。

「じゃあ、ありがたく、空き家を使わせてもらいますね」

 男に礼を述べて、私たちは彼の指した空き家に足を向ける。



 その空き家は、他とくらべるといくらかましなようで、在りし日の原形をたもっており──なるほど、宿の代わりにもなるであろう、と思わせる。

「先客がいるみたい」

 空き家からは、人の気配がする。見渡したところ、まともな空き家は他にはないので、先客とかちあうのも無理からぬことなのであろう、と思う。


「すみません!」

 玄関の扉を開いて──鍵なんて上等なものはない──先客に向けて声をかける──と、中から(いら)えがあり、私たちは空き家に足を踏み入れる。家は、二部屋からなる小さな平屋で、主が不在となってからずいぶんと経っているのであろう、部屋中が埃にまみれている。


「すみません、ちょっと書き物をしておりまして」

 奥の部屋から先客の声がして──私の隣で、アウィア婆が大きく息をのむ。

「やあ、あなた方も、村にご滞在ですか」

 先客──男は、今にも崩れそうな机に向かって、何やら書き物をしていたようで、椅子に座ったまま、背もたれに腕をかけて振り返る。年齢不詳の童顔で、人懐っこそうな微笑を浮かべていて──どうやら、わるい人ではなさそうだ、と私は警戒を解く。

「アウスと申します。ルトゥスに戻る途中で日が暮れそうになって、やむなく村に滞在することになりまして──」

 男──アウスは、自らの滞在の経緯を語り始める──が、最後まで言い終えることはできなかった。

「──アウス! アウス!」

 その名を呼びながら、アウィア婆はアウスに駆け寄って──彼の手をとって、大粒の涙をこぼす。

「あなた、私よ!」

 そうアウィア婆が叫んだところで、ようやく私も事態を察する。アウス──彼は、もしかして──。


「ちょ、ちょっと──」

 と、アウスはアウィア婆を優しく引き離して。

「──申し訳ない。お知り合いでしたでしょうか?」

 彼は困り顔でアウィア婆に尋ねて──彼女は、他人として扱われたことが信じられない様子で、呆然と立ち尽くす。


「アウィアさん」

 呆けるアウィア婆を見かねたのであろうか、フィーリが優しく声をかける。アウスに反応がないところを見るに、我々にしか聞こえないように声を発しているのであろう。

「お気の毒ですが、その方はすでにお亡くなりになっています」

 フィーリは、言葉を飾ることなく、そう告げる。

「次元回廊は、過去のある時を切り取って、閉じ込めているだけなのです。彼は生きているように見えるかもしれませんが、それは過去の残滓にすぎません。彼が──あなたの旦那様が、津波に呑まれて帰らぬ人になったというのであれば、その事実が変わることはないのです。そして、彼は過去の残滓であるが故に、あなたを妻であると認識することもありません」

 フィーリの残酷な言葉に、かえってアウィア婆は我に返ったようで。

「そう──よね。あの人は、もういないのだものね」

 と、アウスには聞こえないほどの声で、小さくつぶやく。


「──ごめんなさい。あなたが、私の知っている人に、とてもよく似ていたの」

 アウィア婆は、アウスに向けて謝罪する。

「私、ちょっと疲れているみたいで、混乱して、勘違いしてしまって」

「それは大変だ」

 アウスは慌てて立ちあがって、アウィア婆に椅子を譲る。

「こちらの部屋の方が、いくらかきれいですから、こちらでお休みください」

 言って、アウスは隣の部屋に移るべく、荷物をまとめ始める。部屋の隅に置いていた大荷物を抱えて、机の上からあれやこれやとかき集めて──それでは、と挨拶して、部屋を出ようとしたところで、私は彼を呼びとめる。

「──それは?」

 アウスが机の上からかき集めたものの中に、手紙と思しき紙片を認めて、彼に尋ねる。

「ああ、手紙です。妻に宛てた」

 言って、アウスは──恥ずかしいのであろう──手紙を懐に隠す。

「もうすぐ、子どもが産まれるんです。ようやく迎えた人生の節目、今まで支えてくれた妻に感謝を伝えようと思ったんですが──ちょっと照れくさくて」

 それで手紙に、と言い訳するようにアウスは続ける。


「アウスは、いい旦那さんだね」

 ロレッタは、アウスに、というよりは、アウィア婆に向けて、そう告げる。

「ありがとう──でも、違うんです。アウィアがよい妻なんですよ」

 アウスは謙遜するように苦笑して──きっと、二人はまわりがうらやむようなお似合いの夫婦だったのであろうな、と私は目を細める。


「その手紙、読ませてもらうことはできないかな?」

 できることならば、その決して届くことのない手紙を、妻であるアウィア婆に読ませてあげたい──そう願っての頼みであったのだが。

「だめですよ。妻に宛てたものですから、最初に読むのは妻です」

 アウスは至極当然の理由を持ち出して断る。

「手紙と一緒に、妻に伝える言葉も考えているんですよ」

 と、彼はのろけるように続けて。

「その言葉も──」

「秘密です」

 アウスは唇に指をあてて、真顔で答える。



 アウスが隣の部屋に移り、やがて彼の寝息が聞こえ始めても、私たちはまんじりともしなかった。黙りこくるアウィア婆を気遣うように沈黙を守り、ゆらゆらと揺れる部屋の灯りをみつめている。


「──私ったら、だめね」

 アウィア婆は、自らを鼓舞するようにつぶやいて、目じりの涙をぬぐう。

「お婆ちゃん」

「もう大丈夫よ」

 呼びかける私に、彼女は無理やり笑ってみせる。


「もっと、ちゃんと再会できたらよかったのに──」

 たとえ、アウスの死は避けられないものであったとしても、もしも夫婦として再会できていたなら、それは二人にとって、どれほどの救いになったであろう、と私はやりきれない心持ちになる。

「いいのよ、マリオンちゃん。彼の顔を再び見られるなんて、それだけで奇跡なんだから。あなたたちには、感謝してもしきれないくらい──むしろ、私のせいで、こんなところに閉じ込められることになってしまって、何てお詫びしたらいいか──」

 と、アウィア婆は申し訳なさそうに告げて──私は彼女の憂鬱を吹き飛ばすように、努めて明るく返す。

「このくらいの冒険、いつものことだよ」

 ね、と同意を求めると、黒鉄とロレッタは、にっと歯を見せて笑うのだった。

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