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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第13話 海神

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81/311

1

 櫂船は入海に入り、目的地である港町ルトゥスを臨む。ルトゥスは、リムステッラとはくらぶべくもない小国の港町であったが、甲板から眺めるかぎり、辺境伯領の港町と遜色ないほどの活気が見てとれる。

 櫂船は緩やかに港に入り、桟橋近くに停泊する。船員たちは手慣れた様子で船を係留して、桟橋に板を渡す。私たちは、船に居残る数人の船員の恨み節を背中に聞きながら──賭けで負けて居残りとなったらしい──板を渡って、ルトゥスに降り立つ。


「ようし! 野郎ども、三日三晩は飲み続けるぞ!」

 船長は調子のいいことを言って、部下たちを煽る──が、その言葉に真っ先に反応したのは、当然のことながら黒鉄であった。黒鉄は船長と肩を組んで、先陣を切って、船長の行きつけの酒場とやらに向かう。


 私は、酒場に向かう皆の気配を追いながら──その一方で、落ち着きなく、きょろきょろとあたりを見まわす。桟橋に並ぶ見たこともないような船、その船に乗り降りする、肌の色から、着ているものまで異なる人々──見るものすべてが異国の情緒にあふれていて、私の足は、遅々として前に進まない。

 やがて、視界の隅に、桟橋の端に立つ老婆の姿を認めて──私は足を止める。奇妙な老婆だった。船の停泊していない桟橋に立って、ぼう、と海を眺めている。その立ち姿は、周囲の喧噪から切り離されたように静謐で──まるで、老婆のまわりにだけ、別の時間が流れているような、そんな錯覚さえ覚える。


「マリオン、おいていかれちゃうよ!」

 遠くで呼ぶロレッタの声に(いら)えを返して──私は、老婆から視線を外して、今度こそ酒場に向かって歩き出す。



 酒場は「灯台亭」という名で知られていた。正式な呼び名ではない。もとは店主のつけた名があったのであるが、酒場の常連客が「灯台」とばかり呼ぶために、いつしか店主もあきらめて、通称「灯台亭」ということになったのである──と、隣のテーブルの常連客がうそぶいている。どうやら、常連客は皆、船乗りのようで──彼らは航海に出るたびに、すぐに酒場の飯や酒が恋しくなってしまって、酒場を目指して帰ってくるものだから「灯台亭」ということらしい。真偽のほどはさだかではないが、それだけ皆から愛されている酒場であるということは、間違いないのであろう。


「おい、お前ら、貸し切りだ、奢りだって、景気のいいこと言ってるが、本当に金はあるんだろうな?」

 酒場の店主は、にわかには信じられぬ、と船長を問い詰める。よほど信用がないのであろう──いつものことであるが──店主の目は初めから船長を疑ってかかっている──が、船長はその詰問を笑い飛ばして。

「おい、お前ら」

 船長が合図すると、部下たちはいっせいに西風の財宝を取り出して、にしし、と品なく笑う。彼らによって高々と掲げられた財宝の数々は、酒場の灯りを受けて、まるで虹のようにきらめいて──あれらの品々は、私たちが手に入れた西風の財宝を、分け前として一人に一品──船長には三品──渡したものである。あれらのうちの一つを売るだけでも、しばらくは遊んで暮らせるであろうから、酒場の支払いの保証としては余りあるであろう。


「わかったろ──貸し切りで、奢りだ!」

 船長が誇らしげに宣言すると、常連客たちは彼のまわりに、わっと押し寄せる。

「お、おい、お前ら、それ──」

「西風の財宝よ!」

 言って、船長は見せびらかすように、黄金の首飾りを高く掲げる。常連客たちは、それを食い入るようにみつめて──次いで、船長の胸ぐらをつかんで揺する。

「どこだ! どこにあった!」

 財宝を奪う勢いで迫る常連客たちをかわして、船長は首飾りを懐に戻す。

「お前らが、竜と酔眼の一味に襲われてもかまわないってんなら、教えてやらんこともないがなあ」

「竜に、酔眼……」

 常連客たちは脅えるようにつぶやく。そういえば、酔眼の一味は島に取り残されているのであった。宝を求めてやつらとはちあわせでもしたら、確かに無事では済むまい。

「俺たちだって、運がよかっただけなんだ。こうやって奢るって言ってんだから、まずはみんなで祝ってくれよ」


 船長が酒を奢るという気前のいい話は、風のように街を駆けめぐった。まず、噂を聞きつけた船長の友人が酒場に駆けつけて、次に船乗り仲間が、さらには彼らに連れられた見も知らぬ船乗りまでもが酒をたかりに現れたあたりで、もはや収拾はつかなくなった。次から次に新たな客が押し寄せて、はては娼婦に至るまでが酒杯を片手に男たちにしなだれかかっており──彼女らは酔いつぶれた連中の財布の紐が緩むのを期待しているらしい──酒場は客であふれて、あぶれたものたちは、店の表に椅子を並べて、夫婦月を肴に飲み始める始末。


「まったく、あいつは厄介事ばかり持ち込みやがる」

 口振りとは裏腹に、店主は楽しそうに笑って──俺だけで手がまわるわけがねえだろ、とぼやきながら、他店からの手伝いを手配する。


「野郎ども! 三日三晩、飲み続けるぞ!」

 すでに酔っ払っていると思しき船長が酒杯を掲げて──船乗りたちは、ようそろ、と声をあわせて応えるのだった。

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