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「いやあ、ようやく船に慣れたというのにのう」
言って、黒鉄は船首に立って、風を楽しみながら──酒を飲んでいる。曰く、先に酒に酔えば、船に酔うことがないのは道理、とのことで──そんなことがありうるのであろうか、と疑問に思うのであるが、現に酒杯を片手に海を楽しむ黒鉄の姿を見てしまうと、ドワーフの生態とは不思議なものであるなあ、と納得せざるをえない。
「ロレッタの姐さん! 大漁ですぜ!」
歓喜の声をあげながら、船員たちはロレッタの糸で編んだ投網を引きあげる。投網は、大漁の声のとおり、見たこともないような魚であふれており──中には、魚とは思えぬほどに奇怪な形のものも、のたうっている──料理自慢の船員が漁師飯をふるまってくれるとのことで、今度はロレッタが歓喜の声をあげる。
「姐さんがいれば、漁師やるだけで、大儲けできるんじゃねえか?」
「姐さん、この船に残ってくだせえよ」
いつのまにやら、姐さん、姐さん、と慕われているようで、船員たちはロレッタを囲んで、口々に慰留の言葉をかける。
「あたしは魔法の習得のために旅してるんだから、船には残れないよ」
と、固辞するものの、褒められるのはまんざらでもないようで、ロレッタは締まりのない顔で、でれでれとしている。
「お、俺、初めて会ったときから、姐さんのこと──」
「あ、てめえ、抜け駆けしやがって! そんなもん、俺だってなあ!」
「こ、これ、西風の財宝の指輪です!」
ついにはロレッタに求婚さえ始めて──おいおい、その指輪は私たちからの分け前だろうに。求婚するなら、せめて手ずからのものを贈りなさいよ、と苦笑しながら、なりゆきを見守る。
「てめえら、やめねえか! エルフの姉さん、困ってんだろうが!」
船長に一喝されて、船員たちは散り散りに持ち場に戻る。
「──ハーフエルフだよ」
ロレッタの取り巻きたちはすっかり消え失せて、彼女の訂正の声を聞くものは誰もいない。
「嬢ちゃん、風を頼む」
船長に頼まれて、私は風を起こす。指輪による風を帆にはらませて、櫂船は白波を蹴たてて進む。
「俺としては、エルフの──いや、ハーフエルフの姉さんよりも、風を操る嬢ちゃんの方に、船に残ってほしいもんなんだがなあ」
半ば本心からであろう申し出を、私は冗談として受け流して──船長も、それ以上は何も言わない。
「嬢ちゃん、見えたぜ」
船長の声に、彼方を見やる──と、水平線に目指す西方の地が現れる。
黒鉄やロレッタと違って、私はリムステッラから出たことはない。彼方の陸地は、私にとっては初めての外つ国である。どんな場所なのであろう、どんなことが起こるのであろう、と夢をふくらませながら──私は、まだ見ぬ新天地に、心躍らせるのだった。
「宝島」完/次話「海神」
2CELLOS「Pirates Of The Caribbean」を聴きながら。




