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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第3話 迷宮

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3

「ここが最下層?」

 昇降機を降りると、先ほどと変わらない通路が続いている。

「いいえ、この階で、さらに別の昇降機に乗り換えます」

「なるほど。不測の事態に備えるなら、都市まで直通というもまずいからのう」

 確かに。まかり間違って侵入者に昇降機を奪われることもありうるのだ。乗り換えるのは面倒なことではあるが、直通よりは安全性も増す。


 隠し通路から迷宮に出て、フィーリの案内で次の昇降機を目指す。

 さすが下層とあって、そこかしこに魔物の気配を感じるが、フィーリに知らせるたびに迂回する路を案内してくれるので、戦いになることもない。旅具のおかげで、迷宮探索も楽なものである。


「ちょっと待って。何か聞こえる」

「お、今度は儂にもわかるぞ。剣戟の音かの」

 黒鉄の言うとおり、かすかに金属のぶつかりあう音が届く。どこかで誰かが戦っている。

「こっち!」

 言って、駆け出す。

 突きあたりを右に折れて、さらに次の十字路を左に。通路の先、正面の開かれた扉から、乱戦の匂いがする。間違いない。あの部屋で誰かが戦っている。


 黒鉄に先行して、部屋に駆け込む。と、視界に飛び込んできたのは、部屋の中心に陣取った巨大な大鬼──オーガと、その周囲を埋め尽くすようにひしめいているゴブリンだった。その数たるや、数十はくだらない。

「オーガ……」

 話に聞いたことはあっても、実物を見るのは初めてだった。祖父に聞いたところによると、滅多に見ることのない魔物ではあるが、数十年前に辺境に現れた際には、討伐のための騎士団が到着するまでの間に、いくつもの村々を滅ぼしたのだという。


「おおお!」

 聞くものの心胆を寒からしめるような咆哮をあげて、オーガは目の前の男に鉄槌を振りおろす。男──黒鉄の倍ほどもあろうかと思えるほどの大男は、かろうじてオーガの一撃を受け止める──いや、かろうじてでも受け止められることが驚きである。


「あれは『鉄壁』じゃの」

 息を切らしながら、追いついた黒鉄が告げる。

「あの身の丈ほどもある大きな盾。間違いないわい」

 しかし、彼はもはや「鉄壁」ではなかった。オーガの鉄槌による一撃を受け止めるたび、大盾がまるで粘土のようにひしゃげていく。盾を犠牲にして、それでも何とか持ちこたえている鉄壁ではあったが、彼の仲間たちは群がるゴブリンの処理に追われており、オーガに手を出せないでいる。状況は悪化の一途をたどっている。

「どうする?」

 斧と盾を手に、黒鉄が問う。どうするも何も、黒鉄と同じく、答えは決まっている。

「助ける!」


「前は儂に任せい! ぬしは後ろから援護を頼む!」

 黒鉄が飛び出して、鉄壁をかばうように前に立つ。

 あちらは黒鉄に任せて、ひとまずオーガの周囲に群がる有象無象のゴブリンを掃討する。これだけ群れていれば、狙う必要もない。


『降り注げ!』


 命じて、頭上に向けて矢を放つ。

 矢は、部屋の天井近くまで上昇して、そこで意思を持っているかのように反転──無数に分裂して雨のように降り注ぐ。

 隙間なく降り注ぐ矢に対して、ゴブリンどもは手にした粗末な盾を頭上に掲げる。しかし、分裂したとはいえ、降り注ぐ矢は、その一本ずつが旅神の矢なのだ。盾は、まるで紙でできているかのように抵抗なく貫かれ、矢はことごとくゴブリンの命を奪う。


 あらかた片づけたところで、オーガに向き直る──と。

「おおお!」

 オーガの咆哮が響く。巨躯から放たれた怒号は、空気だけでなく、迷宮そのものをも震わせる。突然放たれた怒気に、なぜ、と見れば──オーガの脚に数本の矢が刺さっている。

「あ、ごめん」

 わずかに狙いがそれていたのだろう。わずかに。


 先ほどの斉射の巻き添えを食って猛り狂ったオーガが、手にした鉄槌を振りかぶる。

「黒鉄!」

 オーガの渾身の鉄槌が、黒鉄を襲う。

「任せい!」

 鉄壁の盾さえ打ち砕いたオーガの一撃を、しかし黒鉄は受け止めた。あれほど小さな身体だというのに、足に根でも生えているかのように動かない──どころか、押し返してさえいる。何たる膂力。

 黒鉄の無事に、ほっと安堵の息をつく──いや、安心している場合ではない。前は黒鉄、後ろは私だ。


 黒鉄との力くらべに没頭しているオーガに向けて、弓を構える。脚を射られるのがお嫌いなようだったので、さらに数射。人型ならば弱点も人間と同じだろう、と膝や腱を狙って矢を放つ。

 オーガの脚は強靭な筋肉に覆われており、矢など表皮を削る程度で弾かれてしまいそうなものなのだが、そこは旅神の矢、堅固な肉の鎧をたやすく貫く。


 脚を射られたオーガは轟音とともに膝をつく──と同時に、黒鉄が跳んだ。

「おお!」

 思わず声をあげて見入ってしまう。

 跳躍した黒鉄は、オーガの腕を駆けのぼり、肩口を足場に斧を振りかぶる。オーガは、斧を振りおろさせまいとして、巨大な手で黒鉄を握り潰さんと迫る。

 見あげる私からは、オーガの手が黒鉄をとらえたように見えたのだが──手のひらは獲物を握り潰さんとする直前で硬直し、やがてだらりと地に落ちる。わずかな差で、先んじて黒鉄の一撃がオーガの脳天を打ち砕いている。


 頭蓋の半ばまでを砕かれて、オーガは地響きをたてて倒れ伏す。黒鉄は、倒れたオーガの上で雄叫びをあげて、誇示するように力こぶをつくる。そんなことをしなければ、格好よいと思うのだが。ま、個人の自由であろう。


「黒鉄の盾、すごいねえ」

 鉄壁とやらの盾は、もはや原形をとどめていないというのに、黒鉄のそれは戦いの前と変わらず鈍い光を放っている。

「儂が手ずから鍛えた逸品じゃ。あんなもんと一緒にされては困る」

 言って、誇らしげに盾を掲げる。

 どうやら黒鉄は、一流の戦士というだけではなく、一流の鍛冶師でもあるらしい。故あって捨てたという名の方では、名匠として知られていたのかもしれない。詮索はしないけど。


 あんなもん扱いされた鉄壁はといえば、命からがら、といった様子で、その場にへたり込んでいる。

「大丈夫?」

 声をかけながら、鉄壁に手を差し伸べる。

「ああ、大丈夫だ」

 答えて、手をつかんで立ちあがる。

 鉄壁がいかな大男とはいえ、立ちあがりやすいように補助する程度の筋力はあるつもりだった。しかし、彼は私に体重を預けず、厚意だけ受け取ったというふうに自ら立ちあがり、甘く微笑んでみせる。


「ありがとう」

 言って、薄茶色の髪をかきあげる。ふわり、と躍る髪からは、なぜだろう、摘みたての花のような、さわやかな香りがする。こぼれるような笑顔からのぞく白い歯が──はて、旅具の助けもなしに、どうやって白さを維持しているのだろうか──きらりと光ったような気さえする。

「迷宮の奥底で、君のようにかわいらしいお嬢さんと出会うなんて」

 運命だの何だのと歯の浮くような台詞を並べたてる。


 返す言葉を探しながらうろたえていると、愉快そうに眺めていた黒鉄が──後で覚えてろよ──ようやく助け舟を出してくれる。

「危ないところだったのう」

 声をかけながら、黒鉄は鉄壁の背中を力強く叩く。

「黒鉄、助かったよ」

「なんの、困ったときは、お互いさまよ」

 どうやら二人は旧知の仲のようで、互いの無事を喜ぶように拳をぶつけあう。


 どういうこと、と黒鉄に視線で尋ねる。

「昔、一緒に冒険したことがあっての」

「つれないなあ。命を預けあった仲じゃないか」

「うるさいわ。昔の話じゃ」

 抱きつこうとする鉄壁を、うっとうしそうに押し返す。

「こやつ、もとは貴族の癖に、騎士を退いて出奔しておっての。それで冒険者なんぞやっておるんじゃから、とんだ変わりもんじゃぞ」

「騎士であっては行けない場所に行き、騎士であっては助けられない人々を助ける。心は騎士のまま、崇高な理念にもとづいて冒険者となっただけさ」

 今回は助けられちゃったけどね、と苦笑いして続ける。


 ご立派な言葉を並べてはいるが、ウェルダラムの迷宮に挑戦しているあたり、冒険者稼業を楽しんでいるものとみえる。

 騎士崩れの冒険者。ウェルダラムの街の酒場にひしめいていた野卑な連中にくらべれば、なるほど確かに行儀がよい。とはいえ、貴族流の美辞麗句には鳥肌がたってしまうので、できればご遠慮願いたいものである。


「そちらのお嬢さんは、今の相棒かい?」

「そんなもんじゃ」

 私に流し目を送りながら尋ねる鉄壁に、黒鉄が首肯する。いつのまにやら相棒ということになっているらしい。


「僕らは、一度街まで戻ろうと思う」

 鉄壁たち冒険者は、探索を続けることを断念した。

 先の戦いで負った傷は、軽いものはフィーリの傷薬で癒したとはいえ、骨折まで治せたわけではないし、ましてや精神的な疲労や破損した装備までを元通りにできるわけでもない。一度街に戻って態勢を立て直すというのは、妥当な判断であるように思う。


「地上まで戻れそう?」

 とはいえ、今しがた壊滅寸前まで追い込まれていた鉄壁たちを、彼らだけで戻らせるというのも不安が残る。同行して手助けをした方がよいのではないだろうか。

「心配ないよ。道中、出会った魔物はすべて倒してきた。ある程度の時間が経つと新たな魔物がわき出してくるんだけど、今ならまだそれほど時間は経っていないし、戻るだけなら、それほど難しくないはずだよ」

 仲間に肩を貸しながら、鉄壁が返す。自身はオーガの鉄槌を何度も受け止めて消耗しているはずだというのに、仲間をいたわる余力があるとは、頑丈な男である。鉄壁という異名にも頷ける。


「気をつけて戻るんじゃぞ」

「君たちこそ気をつけて、って言うのもおこがましいか」

 苦笑して、鉄壁は別れの手を振って、迷宮を後にする。

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