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「海賊『西風』って、知ってる?」
私たちにあてがわれた狭い船室に戻って、周囲に誰もいないことを確認して、黒鉄とロレッタ──二人に尋ねる。
「いや、知らんのう」
「あたしも知らない」
二人は、その名に興味も示さず、かぶりを振って答える──と、次いで声をあげたのは、意外なことに、胸もとのフィーリだった。
「『西風』は古の海賊です」
「知ってるの?」
旅具を手に取って問いかける。
「ええ、よく知っております」
フィーリの話によると、西風は大昔にこの内海を縄張りとしていた海賊であるのだという。内海では、周囲の地形もあいまって、あまり西風は吹かないのであるが、そんなときでも西風の海賊船だけは、西からの風をとらえて東に進むそうで──。
「──だから、西風」
と、フィーリは話を結ぶ。
「エルディナ様が、西風の持つある宝をほしがりまして、やつとはもめたことがあるのです」
「いろんなところでもめてるねえ」
私はあきれてつぶやく。以前にフィーリから聞いたところによると、旅神エルディナはリムステッラの前身であるウォルステラとも諍いを起こしていたはずであり──今でこそ旅神と崇められているものの、当時はとんでもない厄介者だったのではないか、と不敬な想像をふくらませてしまう。
「そんで、その西風がどうしたの?」
古の海賊の名と聞いて興味を示したものか、ロレッタが続きをうながす。
「酔眼は、どうやら西風の財宝を探してるみたいなんだよね」
と、私は二人に顔を寄せて、ささやくように告げる。
「その財宝につながる何かを、白頭ってやつに盗まれて、それを取り戻すために、この船に襲いかかってきたみたい。裏切りものの白頭って言ってたから、もとは仲間だったのかも」
「──ということは何か、白頭とやらは、この船に乗っておるのか」
「じゃあ、白頭は──」
と、黒鉄とロレッタにも思いあたる節があるようで、二人して顔を見あわせる。
「──十中八九、カニスのことだろうね」
二人に先んじて、答えを告げる。
「あいつ、酔眼を裏切った海賊だったのかあ」
どうりで悪そうな顔してるはずだ、とロレッタは悪態をつく。
「そうすると、そろそろ何か仕掛けてくるかもしれんのう」
確かに、カニスの目的も酔眼と同様に西風の財宝であり、そのために私たちを騙しているというのであれば、何もせずに航海を見守るということはあるまい。
「そうなる前に捕らえるか?」
と、黒鉄は船室の隅に立てかけた斧を見やる。
「いや、旅神様のほしがるほどの宝っていうのが気になる」
それほどの宝であれば、ぜひとも拝んでみたいものである。カニスを捕らえて、それで財宝の在処がわかるというのであればよいのだが──もしも、やつの持つ何か、やつの知る何かがなければ、財宝にたどりつけないということになると、私たちだけでは旅神の欲した宝を手に入れることは難しいかもしれない。
「カニスがこの船に乗って、何を企んでいるのかはわからないけど──その企みにのって、あいつに案内してもらった方が、確実に財宝に近づけるはず」
黒鉄にしてもロレッタにしても、財宝には心惹かれているのであろう。二人して、私の提案に同意を示すように、何度も頷く。
「海賊の隠した財宝だなんて、ちょっと心躍るじゃない?」
言って、私たち三人は顔を見あわせて、にしし、と品のない声をあげて笑うのだった。
「──起きて」
不穏な気配を感じて目を覚まして、隣で寝ている黒鉄の身体を揺する。
「──なんじゃ?」
どうやら黒鉄も気配を感じとっていたようで、すぐに覚醒して、手もとに斧を引き寄せる。
「わからない──けど、夜の船にしては騒がしすぎる。カニスが動き出したのかも」
「ほう、そいつはどうなることやら、楽しみじゃのう。だが──」
黒鉄は、ふん、と鼻を鳴らして。
「──まずは、こやつを起こさんとな」
と、先ほどから変わらずいびきをかいているロレッタを、できうるかぎり優しく蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたロレッタは、ごろりと床を転がって、壁にぶつかったところで、ようやく目を覚ます。
客用の船室の扉を開けて、そっと外の様子をのぞく──と、船倉では、船員同士が入り乱れて戦っている。曲刀を抜いているものもおり、どうやら負傷者まで出ているようで、どう見ても尋常のことではない。
「反乱じゃ!」
言いながら、黒鉄は扉を開け放ち、船室を飛び出る。
「どうする?」
黒鉄は斧を片手に問いかける。黒鉄の目は、生死を問わないのであれば反乱を鎮圧できる、と言外に語っている。
「船員が減ると航行に困るかもしれないから、とりあえず殺すのはなし」
「じゃあ、どうすんのよ!?」
大声で話していたからであろう。反乱を起こしている船員たちも、私たちに気づいたようで、黒鉄の斧を警戒しながらも、じわりと近寄ってくる。ロレッタは、迫る船員たちから逃れるように後ろに下がりながら──そして黒鉄の背中に隠れながら──叫び声をあげる。
「いつでも逃げられるように準備をして、流れに身を任せてみようか」
言って、私は船員たちに笑顔を向けて、降参を示すように両手をあげる。




