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 ウェルダラムの迷宮は、街外れの田園地帯のさらに先、谷間の草深い地にある。草の中に埋もれるように建つ巨石群は、それと知らされていなければ、運よく形を残した単なる遺跡のようにしか見えない。先人の歩んだ跡をたどると、やがて歪なつくりの遺跡が目に入る。遠目には古代の墳墓のように見えるそれは、近づいてみると迷宮に挑む冒険者を呑み込まんと(あぎと)を開いた魔物のようにも見える。


 臆することなく顎をくぐり、迷宮へと続く階段を下りる。地中に潜るにつれて、湿気を帯びた重い空気が肌にまとわりつく。本当に魔物の体内に足を踏み入れてしまったような、どこか不気味な錯覚を覚える。


 少し下りたところで、入口から射す陽の光が遠ざかる。

「フィーリ」

 声をかけると、心得たもので、ぼう、と周囲が明るく照らされる。

「魔法の灯りか?」

 不意の灯りに驚いて、黒鉄が声をあげる。

 おそらく魔法なのだろうと思ってはいるが、特にフィーリに確かめたことはない。曖昧に頷きながら、さらに深く潜る。


 階段を下りきると、数人が並んで歩けるような、大きな通路に出る。もとは整然たるものであったと思しき石の通路は、壁は剣戟で削れ、床はどす黒い血で汚れ、さながら戦乱で滅びた都市のようにも思える。

「本当に『訪れるべき場所』なんでしょうね?」

「最下層までたどりつけば、ご納得いただけるはずです」

 いつもの調子でやりあう私たちとは裏腹に、黒鉄は緊張した面持ちで周囲を警戒している。地下水が染み出しているものか、時折鳴る水滴の音にまで敏感に反応する様は、見ていて微笑ましい。

「儂の後ろからついてくるんじゃぞ」

 とはいえ、前を行く背中は頼もしい。ドワーフの背丈ほどではあるものの、身を覆うような盾を前面に構えて進む様は、小さな砦のようにも思える。


 不意に違和感を覚える。

「止まって」

 言って、黒鉄の前に出て、制止するように手を広げる。

「通路の先に魔物がいる」

 先にある十字路の、さらにその奥から、澱みのようなものが漂ってくるのを感じる。

「私の索敵には特に反応はありません」

「儂も」

 信じる様子のない二人をよそに、虚空に向かって矢を放って。

「先に進んでみようか」


 十字路の先には、はたしてゴブリンの死骸があった。群れからはぐれたものか、たった一匹、頭蓋を撃ち抜かれて絶命している。

「驚きましたね」

「おぬし、斥候の経験があるのか?」

「何となくわかる気がするだけだよ」

 おそらく、五感でとらえた様々な情報を、自分でもわからぬうちに処理して、気配として感知しているのではないかと思う。確かめる術はないけれども。


「足跡を見るかぎり、真っすぐ進むのかな」

 大勢の冒険者の足跡は、左右に折れることなく進んでいる。

「いいえ、右に進みます」

 ところが、旅具が異を唱える。

「ウェルダラムは、下層の都市部と上層の迷宮部にわかれています。下層の都市部を守るため、外敵の侵入を拒むために、上層の迷宮部は言わば要塞として機能しています。迷宮に挑むということは、つまりウェルダラムの民の知恵に正面から挑むようなものなのです」

 迷宮踏破など土台無理な話なのです、と続ける。癪な話ではあるが、古代人の知恵に蛮族が挑むと考えると、確かに迷宮を踏破するのは難しいように思える。癪な話ではあるが。


「とはいえ、ウェルダラムの民も、必要に迫られて、都市部から地上に出ることはあります。その際、彼らは時間をかけて迷宮部を進むわけではありません」

「なるほど! ウェルダラムの民のみが用いる秘密の通路があるわけか!」

 合点がいったようで、黒鉄は興奮の面持ちで声をあげる。

「そうです。もちろん、その秘密の通路は、侵入者には利用できないような仕組みになっておりますが、我々は侵入者ではありませんので、問題ありません。正面から迷宮を抜ける必要などないのです」

「そういうことならば、件の地下都市とやらにも、たどりつけるかもしれんな!」

 思いもかけず迷宮踏破が現実味を帯びてきたようで、黒鉄が声を弾ませる。


「それでは、右に進みましょう」

 初めて旅具らしいことをしているのではないかと思いながら、フィーリの案内に従って十字路を右に折れる。進むにつれて、通路は少しずつ細く、小さくなっていき、ほどなく行き止まりとなる。

「左の壁の天井のあたり、少し色の違う箇所があるはずです」

 確かに、言われてみなければ気づかないほどのわずかな色の違いが見てとれる。

「その石を押してください」

 簡単に言う。フィーリの示す石は、私が黒鉄の肩に立ったとしても──肩車では論外なので──届かないほどに高いところにある。普通に飛んだだけでは届きそうにないので、向かいの壁を蹴って高く飛び、石壁の隙間に指をかける。指先がかかる程度のくぼみがあれば、壁をのぼるのに苦はない。すぐに天井付近までたどりつき、言われるがままに石を押す。


「壁が消えた……」

 黒鉄が驚きの声をあげる。

「幻覚の魔法です」

「しかし、儂は壁にさわった。確かに壁の感触もあったというのに」

「触覚まで含めての幻覚です」

 行き止まりに見えていた壁が消えて、細い通路の奥に箱のような小さな部屋が現れる。


「何これ?」

「昇降機です」

 答えを聞いてもわからない。

 フィーリにうながされて、昇降機とやらの中に入る。箱の内側の壁面には、何やら謎めいた仕掛けがあるように見える。

「この昇降機で、下層に向かいます」

「え、動くの?」

「便利ですよ」

 フィーリが言うには、古代では上下の移動に昇降機を用いていたらしい。


「どうやって動かすんじゃ?」

 興味津々といった様子で、黒鉄が尋ねる。

「昇降機を動かすための手順があります」

 フィーリに言われたとおりに昇降機の仕掛けを操る。黒鉄が。私にはよくわからないので。

「完了じゃ」

 作業を終えて、黒鉄が声をあげる。


『──』

 フィーリが古代語らしき言葉を発すると、昇降機が下降し始める。

「おおお!」

 突然の浮遊感からか、黒鉄が驚きの声をあげて。深淵に落ちていくように、私たちは闇の底へと吸い込まれていった。

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