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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第11話 血讐

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6

 城の中庭に出て、辺境伯と相対する。


 辺境伯は、武具を身にまとい、さらには荒々しい武威を発して、我々を威圧する。主のただならぬ気配に、何事か、と騎士たちが集まり、文官はそれを遠巻きに眺めている。


「下がれ! これは血讐である!」

 辺境伯は、手にした長槍の石突で、石畳を叩く。敷石が砕け、主に近寄ろうとしていた騎士たちは、その足を止める。

「巡察使マリオン──ついでだ。そなたも加われ」

「私は、ティオの血族じゃないけど、いいの?」

「そなたの連れが無残に殺されるのを見ているだけ、というのも気の毒であろうからな」

「ご配慮、どうも」

 言って、ティオを後ろに残して、私たち三人は辺境伯と対峙する。


「まずは、儂がお相手いただこうか」

 黒鉄が前に歩み出て、古代の斧を構える。

「まどろっこしいことはせんでよい。正しい手順を踏んだ血讐なのだ。三人でも四人でも、まとめてかかってくればよい」

 辺境伯は不敵に言い放つ。


 それならば、お言葉に甘えて、と前に出た黒鉄を囮にして──疾風のごとく駆けて、瞬時に辺境伯の背後にまわり、飛びあがって側頭部を蹴り抜く──いや、蹴り抜こうとした。

「小娘にしては、よい蹴りではないか」

 言って、辺境伯は首で受け止めた私の足を無造作につかむ。巨漢の太い首さえ蹴り折ったことのある私の蹴りを──もちろん、辺境伯の首を折るわけにはいかないから、加減はしたのであるが──首の筋肉のみで痛痒なく受け止めてみせるとは。

「さて、まずは一人目」

 楽しそうに告げて、辺境伯は私の足をつかんだまま、片手で振りまわし始める。その膂力たるや、その名のとおり雄牛ごとく、まるで棒切れでも扱うかのように、私を軽々と振りまわし──まわるたびに勢いは増して、このまま地面に叩きつけられたならば、私の頭蓋は砕かれてしまうであろう、と死を予感する。

「マリオン!」

 叫んで、黒鉄は私を救わんと辺境伯に飛びかかる。

「ぬるいわ!」

 辺境伯は黒鉄を振り払うように片手で槍を振るって、それだけで黒鉄は吹き飛んで転がる。辺境伯の意識が、ほんの一瞬だけ黒鉄に向いて──その一瞬だけで十分だった。遠心力に逆らって、身体を起こして、竜鱗の短剣で辺境伯の腕を刺す。辺境伯の手は緩み、私は回転の勢いのまま放り投げられて、地面に叩きつけられる──その寸前に。

「ロレッタ!」

『魔糸よ!』

 呼ぶと同時に、ロレッタの魔法の糸が展開されて、私は編みあげられた蜘蛛の巣で優しく受け止められて──しかし、それでもなお勢いを殺しきれず、背中から地面に叩きつけられて、息が詰まる。

「大丈夫!?」

 駆け寄るロレッタに、飛び起きてみせて、無事であることを示す。竜革の鎧で衝撃が吸収されたものか、どうやら命拾いしたようで。

「ありがと!」

 努めて快活に返して、辺境伯に向き直る。

「どういたしまして。でも、次も同じことできる自信はないからね」

 気をつけて、と続けて、ロレッタは後ろにさがる。


「やるではないか」

 言って、辺境伯は刺された傷を舐める。

「──おぬし、本当に人間か?」

 吹き飛ばされた黒鉄は、むくり、と立ちあがって──黒鉄も大概だとは思う──辺境伯の異様な膂力に驚きの声をあげる。

「さて、どうだろうな」

 見れば、答える辺境伯の腕からは、先ほどの傷が消えていて──さらには、いつのまにやら額から雄牛のごとき角さえ生えてきており、比喩ではなく、まさしく人あらざるものとしての姿があらわになり始める。


「──魔人」

 胸もとでフィーリがつぶやく。

「ほう、知っておるか」

 人面から牛頭へ──変貌を続けながら、辺境伯──いや、辺境伯であったものが、楽しそうにつぶやく。

「魔人って何なの」

「神の使徒となったものの総称です」

 あれを神の使徒と呼ぶというのか。

「神の使徒なのに『魔人』?」

「まともな神なら、()()()()とわかっていて、人を使徒にはしませんから」

 フィーリの言葉を聞きながら、私は辺境伯の変貌を呆然とみつめる。完全なる牛頭と化したその顔に、もはや辺境伯の面影はない。歴戦の武人を思わせる鋼のごとき筋肉は、異様にふくれあがり、鎧を突き破って、さらに肥大している。赤銅色の肌は、獣のごとき黒き体毛に覆われて──辺境伯は、今や雄牛の化物だった。


「父上……」

 呆然とつぶやいて、エリアスはその場にへたり込む。

「ば、化物……」

 魔物に相対することの多いであろう辺境の騎士たちも、呆けたように立ち尽くしている。とはいえ、彼らの醜態を責めることはできまい。雄牛の武威の凄まじさといったら、その殺気だけで、針で肌を刺されているように思えるほどで──目の前で主が変貌をとげたことへの動揺がなかったとしても、並の騎士では動くことさえできぬのも道理であろう。


「黒鉄、動ける?」

 黒鉄に駆け寄って、小声で尋ねる。

「うむ、何とかな」

 言って、黒鉄は地面を踏み鳴らしてみせる。

「牛頭の化物とはいえ、黒竜よりはましとみえる。あのときよりは、役に立てるはずじゃ」

「上等!」

 言って、黒鉄と手を打ちあわせる。


「あ、あたしだって、戦えるんだから!」

 震える声で、ロレッタが続く。強がりではない。歴戦の騎士たちが怯んで動けぬというのに、私たちのそばに駆け寄って、援護の姿勢を見せる。

「助かる!」

 いくら荒事が苦手とはいえ、ともに死線をくぐり抜けてきた仲間である。そこらの騎士よりは、よほど頼りになる。

「でも、無理はしないで。補助にまわってくれると助かる」

「ま、任せて!」

 答えるロレッタに、こちらも手を打ちあわせる。


「貴様の相手は、この儂じゃ!」

 吼えて、黒鉄は古代の斧を振りおろす。並の斧であれば、その強靭な肌のみで弾き返せるとでも思ったのであろう、雄牛は黒鉄の一撃を左腕で払おうとして──そして、腕の半ばまで斬り込まれ、斧の切れ味に驚愕する。

「この俺の肌を貫くだと!」

「首も飛ばしてやるわい!」

 黒鉄の繰り出す暴風のごとき斧の乱舞を、しかし雄牛は手にした槍で打ち落とし──次いで、その巨躯からは想像もできぬほどの雷のごとき突きを放つ。一瞬に、三撃。黒鉄は、一撃を古代の斧で払い、二撃を魔鋼の盾で防ぎ──しかし、三撃目を防ぐ術はなく、槍の穂先が黒鉄の胴部を襲う──が。

「魔人も古竜には敵わぬとみえる」

 硬質的な音をたてて、雄牛の槍は弾かれる。見れば、黒鉄は意図して、槍を竜鱗で受け止めたようで、まったくの無傷で再び雄牛に相対する。

「確か、黒鉄と呼ばれておったか。貴様こそ、ただのドワーフとは思えぬぞ!」

「正真正銘、ただのドワーフじゃ!」


 暴風と雷──再び斧と槍とがぶつかりあう。その凄まじさたるや、もしも二人に近づこうものなら、斧に切り飛ばされるか、槍に突き殺されるか──どちらにしても即座に命を落とすであろうと思わせるほどで、それは何人たりとも踏み入ることのできぬ一騎打ちであった。

『魔糸よ!』

 しかし、その一騎打ちに、無謀にも割って入るものがあった。ロレッタは魔法を唱えて、雄牛の動きを封じようと、鋼と化した糸で、その身体を縛りあげる。

「こざかしい!」

 しかし、魔法の糸も、雄牛の膂力の前には、ひとたまりもなかった。自らの身体にまとわりつく鋼の糸を引きちぎりながら、雄牛は吼える──が、糸にからめとられた、その一瞬の隙を見逃す黒鉄ではない。古代の斧を横薙ぎに振るって、雄牛の脚を斬りつけて──脚の半ばまで斬り込まれ、さしもの雄牛も、たまらず膝をつく。

『爆炎よ!』

 雄牛の頭に向けて、ロレッタは爆炎を放つ。牛頭は、消し飛ぶことこそなかったものの、炎に包まれて、焼けただれる。雄牛は、自らを焼く炎を消し止めようと、牛頭をはたく──が、魔法の炎は簡単に消えることはない。


「エリアス!」

 ここが覚悟の決めどころである、と判断して、その名を呼んで、エリアスを見やる。彼女が泣きそうな顔で頷くのを確認して──娘の許しを得て、私は雄牛に向き直る。

「いくよ──辺境伯」

 フィーリから旅神の弓を取り出して、つぶやく。雄牛は炎に焼かれた牛頭を両手で覆って悶えており、こちらに気づく様子はない。

『大きくあれ』

 長大に変じた弓を構えて、雄牛に狙いをつける。

「ティオ、おいで」

 エリアスに守られるようにして、その背後に隠れていたティオを呼んで──おそるおそる近寄る彼の手を引いて、その背後から抱きしめるようにして、懐に(いだ)く。

「そう、私の手に、ティオの手を添えて。心配はいらない。私は絶対に狙いを外さない」

 震えるティオを安心させるように言って──そのときがくるのを待つ。


「貴様ら!」

 牛頭を焼く炎をようやく消し止めて、雄牛が怨嗟の声をあげた──その瞬間。

『貫け!』

 唱えて、私は──いや、ティオは矢を放つ。


 放たれた矢は光りをまとって、さながら彗星のように飛ぶ。雄牛は神速で飛来する矢に気づいて、左腕で胸をかばう──が、旅神の矢はそれをものともせず、左腕もろとも、雄牛の胸を貫いた。

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