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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第11話 血讐

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「出あえ! 曲者ぞ!」


 誰何の声をあげたのは、辺境伯その人であったようで──辺境伯の怒号が響く中、私は窓から飛び出して、宙を舞う。いかに私といえども、居館の最上階から飛びおりて、無事に済むはずはない──のであるが、そこはそれ、ロレッタの魔法に頼って、宙に渡された幾本かの糸をつかんで勢いを殺しながら、中庭に転がるように着地する。

 中庭には、辺境伯の呼び声に応えて、衛兵が集まり始めている。辺境伯領の騎士といえば、その国境を守るという役柄から、精鋭ぞろいと噂されている──とはいえ、真祖の外套に身を隠し、疾風のごとく駆ける私は、もはや一陣の風としかとらえられまい。彼らの間を縫うように駆ける私に気づかないのも無理からぬことであり、それを責めるのも酷というもの。疾風の勢いのまま、城壁を蹴って飛び、次いで対面の居館を蹴って飛び──交互に飛んで、ついには城壁を飛び越えて、そのまま城に面した大河に飛び込む。



「おう、どうじゃった?」

「収穫はあったの?」

 宿の部屋に戻ると、帰りを待っていた黒鉄とロレッタが──侵入の補助をしてもらうから飲むなと念を押したにもかかわらず、どこから持ち込んだものか酒を飲んでいる──我先に、と問いかける。

「ま、それなりに」

 答えて、慌ててそのまま持ってきてしまった辺境伯の聖典を──いや、教義を歪められた聖典であるから、偽典とでも呼ぼうか──テーブルに置く。

「詳しくは、後で話すよ」

 ふう、と一息ついて、椅子に腰をおろす。

 私のベッドでは、部屋を出る前と変わらず、ティオが寝息をたてている。元をたどれば、すべては彼の血讐騒ぎに端を発しているというのに、のんきなものだなあと寝姿を眺めつつ──いや、と考え直す。ティオの顔は、眠っている間だけは、狂気じみた復讐者のそれではなく、年相応のものであって──その幼い姿こそが、本来あるべき少年の姿であろう、と思う。


「そういえば、マリオンにお客さんがきてるよ」

 ロレッタの言葉に、はて、と首を傾げる。客とはめずらしい。誰であろうか──あるとすれば、巡察使の補佐を命じられているレーム家の使いのものであろうか、と考えをめぐらせる。

「どこにいるの?」

「そこ」

 ぞんざいなロレッタの答えに、どこだよ、と返そうとして。


「──お初にお目にかかります」


 と、不意に声をかけられて──何奴、と椅子を蹴り飛ばして、窓まで飛び退る。見れば、誰の気配も感じなかったはずの椅子に、幽鬼のごとき青白い男が腰をおろしている。

「『青』殿!」

 フィーリが驚いたように声をあげて、青と呼ばれた男は小さく頷く。

「青?」

 どうやらフィーリの知り合いのようである、と警戒を解いて、胸もとの旅具に尋ねる。

「伯爵様──真祖様の直属の騎士殿です。四人の騎士の中では、もっとも誠実な方ですよ」

「フィーリ殿、そのくらいに」

 褒められたことが照れくさかったものか、青とやらはフィーリの言葉を遮る。


「我が主より、マリオン様への伝言を預かっております」

 青はゆるりと立ちあがり、古い辞儀であろうか、私に向けて腰を折って、慇懃に告げる。

「『マリオン様』はやめてよ。こそばゆくなっちゃう」

「しかし、主が友と認めた方を、私ごときが呼び捨てにするわけにはまいりません」

「でもなあ」

 渋る私に、青は困り顔で、おずおずと提案する。

「それでは──お嬢様、というのは、いかがでしょう?」

「だから『様』はやめてって」

 再び渋ると、青は逡巡の末、しぼり出すように告げる。

「では──お嬢、と」


 むう、そういうことではないのであるが──と、さらに反論しようとしたところで──苦悩をあらわにする青の顔を見るに、これ以上の議論は無駄であろう、と悟って言葉を呑み込む。私の様子をうかがっていた青は、反論のないことで、許しを得たり、と思ったようで、安堵するように小さく頷いて──その仕草が何とも人間くさくて、微笑ましい。


「それで、伝言って?」

「エルラフィデスに覇道の意思あり」

 尋ねる私に、青は簡潔に返す──が、どうにも言葉が足りず、私は首を傾げて──それを目にした彼は、慌てて言葉を重ねる。

「我が主は、眠っていた間の世の情勢を探るために、我ら四騎士を四方に遣わしまして、そのうち西に探りを入れておりました『赤』より先の報告があったそうで、西に向かうお嬢に急ぎ伝えるように、と命じられてまいりました」

 青の説明を聞いて、納得よりも先に、別の疑問がわいてくる。

「真祖様は、私が西に向かってるって、何で知ってるの?」

「私が調べて報告しましたゆえ」

 青は誇らしげに告げる。

「あ、もしかして──」

「はい。私の担当は北でありましたので」

 青の答えに、なるほど、と納得する。先ほどのように、私にも悟られないほどに気配を消すことができるのであれば、我々の動向を監視するのも容易であろう。青の存在に気づくことができなかったという事実に、私の自尊心はいたく傷つき、むう、と頬をふくらませて、不機嫌をあらわにする──と、青はおかしなくらいに慌てて、弁解を始める。

「お嬢を監視していたわけではございません。主より、北を調査するついでに、お嬢が息災であるかどうかもみてまいれ、との命を受けまして、お嬢に迷惑をかけぬよう、遠くからお姿を拝見しておりました次第でして──」

 それを監視していたというのではないか、という言葉を呑み込んで苦笑する。青に悪気がないのはわかる。これ以上いじめるのも申し訳ない、と話題を切り替える。


「それで、覇道の意思ありって──つまり、どういうこと?」

 私の問いに答えたのは、しかし青ではなく、黒鉄だった。

「他国を侵略するつもりがある、ということじゃろ」

 おっしゃるとおり、と青は頷く。

「詳しいことまではわかりませぬ。何せ、赤は言葉の足りぬやつでして」

 青は眉根を寄せて赤とやらのことを語り、私の胸もとでフィーリが、確かに、と同意の声をあげる。

「しかし、赤は鼻の利く男です。その調べに間違いはありますまい」


「──となると、やはりエルラフィデスはきな臭いのう」

 言って、黒鉄は苦虫でも噛み潰したように顔をしかめる。

「やっぱり、海から西を目指すのがいいんじゃないかなあ」

 ロレッタは真剣な面持ちで海産物のすばらしさを語り始めるが、今はそんなことを話している場合ではない。


「お嬢、どうする?」

「お嬢はやめて」

 悪乗りする黒鉄の手を、ぴしゃりと叩いて、私は思案する。


 エルラフィデスは侵略の意思を持っている。となると、辺境伯の乱心も現実味を帯びてくるであろう。それらの事実を巡察使として報告すれば、どうなるか。下手をすれば、国を二分した内乱ともなりかねず──それは、エルラフィデスの利にしかならない。


 考えあぐねていると、不意に黒鉄が口を開く。

「とりあえず戦ってみる、というのは、どうじゃ?」

「とりあえず、戦う?」

 黒鉄の提案に、頭の中で「とりあえず」と「戦う」という言葉が結びつかず、そのまま問い返してしまう。

「あんた、脳まで筋肉でできてんの?」

 あきれるロレッタに、うるさいわい、と返しながら、黒鉄は続ける。

「何とか血讐を成立させて、とりあえず戦う。辺境伯を打ち負かしてしまえば、その企みを明らかにするやもしれん」

「そんなにうまくいくかなあ」

 楽観的に語る黒鉄に対して、ロレッタは依然、懐疑的に返す。


「──いや、案外わるくないかも」

 しばし思案して、私は考えをあらためる。

「辺境伯って、名の知れた武人なんでしょ。戦って敗れた相手には、潔く従うんじゃないかな」

 言って、リムステッラ騎士団長グレン・ロヴェルその人を思い起こす。団長であれば、戦いに敗れたとあらば、潔く負けを認めるに違いない。辺境伯は、その団長をして、武人であると言わしめるほどの人物である。可能性がないとは言い切れない。


「二人とも、大事なことを忘れてるよ」

 ロレッタは、溜息まじりにつぶやいて。

「血讐が認められたとしても、戦うのはティオなんだよ」

 彼女の指摘に、そうであった、とうなだれる。ティオには血族はいない。天涯孤独の身であるから、血讐も己のみでなさなければならない。ティオ一人だけで辺境伯を打ち倒すことなど、できるはずもないであろう。


 何か抜け道はないものか、と考えあぐねて──はっと天啓のようにひらめく。

「真祖様って、リムステッラの伯爵なんだよね」

 はたと気づいて声をあげると、青が首肯する。

「青さんは──」

「青、とお呼び捨てください」

 呼び名くらいで言い争うのも時間が惜しい。

「青は、真祖様の古城まで戻るのに、どのくらいかかるの?」

「一晩あれば」

 ほう。辺境伯領から古城まで、一晩で戻れるというのは、とんでもない速さである。疾風のブーツを履いた私と、どちらが速いものか、駆けくらべでもしてみたいところではあるが──今はそのような余裕もない。


「黒鉄とロレッタと──二人が許してくれるなら、真祖様にお願いしたいことがあるんだけど」

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