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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第11話 血讐

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64/311

3

「マリオン、どうするの?」

「どうするって言われてもねえ」

 尋ねるロレッタに、私は曖昧に返す。


 いきなり、辺境伯を殺してほしい、と頼まれても、わかりましたとも言えぬ。エリアスには考える時間をもらって──さすがに、このような話、人の目のある酒場ではできぬであろうから、と我々は宿の部屋──私の部屋に集まって、膝をつきあわせて、密談している。


「坊主の血讐のこともある。ひとまず、エリアス殿の話が真実であるかどうか──思い違いでないかどうか、探ってみるのがよいのではないか」

 言って、黒鉄は私のベッドに視線を向ける。ベッドでは、先ほどまで懸命に睡魔から逃れようと目を見開いていたティオが、小さな寝息をたてている。

「どうやって探るのよ?」

「それなんだよねえ」

 ロレッタの疑問に、私は同意を返す。


 私であれば、どこであろうと忍び込めるし、どのような情報であろうと探ることもたやすい、と自負している。とはいえ、事がエルラフィデスの式典に端を発するというのであれば、領都では調べようのないことであるし、辺境伯の人となりにしても、娘であるエリアス以上に知るものなどいないのである。結局、どこで何を探ろうとも、辺境伯が乱心しているかどうかの確証を得ることは難しい、ということになる。


「辺境伯の執務室を調べるというのはどうでしょう」

 と、不意に会話に割って入ったのは、胸もとのフィーリだった。

「執務室って、辺境伯と対面した部屋のこと?」

 私の問いに、旅具は肯定の声をあげて。

「執務室に、少々気になるものが置いてありましたので」



 辺境伯の居城は、国境を守る城というだけのことはあって、攻めづらく、守りやすい、難攻不落の城砦と呼ばれている。とはいえ、その防備の最たるものは、都市を守るためにそびえている外壁であろうから、領都に足を踏み入れている時点で、私はその難関を突破していることになる。


 厳重に警備されている城門を避けて、天然の防壁たる大河にまわる。エルラフィデスとの国境を流れる河は、仮に隣国が攻め入ってきたとしても、見落とすことなどないであろうほどに広大で──そうであればこそ、大河の側の守りに割く人員も少なかろうと踏んだのであるが、その判断に誤りはなかった。大河に面した城壁には、物見のために張り出した櫓のあたりにだけ、かがり火が焚かれており、見張りもそれほど多くはない。

 そっと大河に足をつけると、水面に波紋が広がる。とはいえ、真夜中の闇に覆われた河面である。かがり火も届くことはなく──城壁の見張りに見とがめられることもない。河底に潜り、流れに逆らって泳いで、城壁のたもとを目指す。

 城壁にたどりついて、真祖の外套を闇色に染めて、石壁の隙間に指をかける。指先がかかる程度のくぼみがあれば、壁をのぼるのに苦はない。するりと城壁をのぼりきり、辺境伯の執務室のある居館を見すえる。


「ロレッタ、居館に糸を渡して」

 宿にいるロレッタに向けて──魔法で侵入を補助してもらう算段なのであるから、飲んだくれてはいないはずである──不可視の糸を通して、語りかける。

「渡したよ」

 しばし待つと、ロレッタの声が返る。見れば、城壁と居館をつなぐように、可視の糸が伸びており──渡るつもりなのだから、不可視では困る──時折、月明りを受けて、薄くきらめいている。

「でも、細い糸で大丈夫なの?」

 よりあわせて太くすることもできるけど、とロレッタは不安そうに問いかける。

「太くなったら、視認しやすくなって、みつかるかもしれないでしょ」

 問題なし、と返して、私は糸を渡り始める。



「本棚の端の──そう、その本を取ってください」

 執務室に忍び込み、本棚の前に立つなり、フィーリは私に指図する。指示された本を手に取って、外套のうちに入れる──と、フィーリは、それを自らのうちで咀嚼して、吐き出すように私の手に戻す。

「やはり、思ったとおり──エルラフィデスの国教の教義をまとめた本です。信徒からは聖典と呼ばれております」

「執務室に聖典があるってことは、辺境伯は信徒になったってこと?」

 聖典とやらの頁を、ぱらぱらとめくりながら、フィーリに尋ねる。

「いえ、エルラフィデスでは、布教の価値ありと認めた相手には、聖典を渡します。聖典を持っているからといって、信徒になったとはかぎりません」

 訳知り顔で──いや、顔はないのであるが──語るフィーリに、ある疑問がわく。

「フィーリは、エルラフィデスを知ってるの?」

「はい、エルディナ様と旅した頃より、かの国は存在しておりますので」

 言って、フィーリは自らのうちから新たな本を取り出して、私に渡す。本は古代語で書かれており、中身を読むことはできないものの、ところどころの挿絵は、今しがた頁をめくって見たばかりのものと同じであり、自ずと本の正体が知れる。

「──聖典?」

「そうです。かつて、エルディナ様が授かった聖典です」

 言って、フィーリは異なる時代の二冊の聖典を、並べてくらべてみるよう私にうながす。

「エルディナ様の授かった古代語の聖典と、辺境伯の授かった公用語の聖典とを見くらべてみると──少しずつ、ほんの少しずつ、教義が歪められていることがわかります」

 フィーリの言に、それぞれの聖典を見くらべてみるものの、そもそも古代語を解さぬ私には、その差異を見抜くことはできない。

「教義が歪められてるって、どこが違うの?」

「エルラフィデスは、もとは原初の神を信仰の対象としておりましたが、この教義では──おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないかと思います」


 それはいったいどういうことを意味するのか、フィーリに問おうとして──その言葉を呑み込む。

「誰かくる」

 執務室の外──廊下の足音が、不意に向きを変えて、部屋に近づいてくるのを感じる。慌てて聖典をフィーリに預けて、窓を開け放つ──と同時に、執務室の扉が開く。

「何奴!」


 誰何の声を背に受けながら、私は窓から飛び出した。

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