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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第11話 血讐

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「そなたがマリオンか」


 巡察使の証を立てて、辺境伯の居城への登城を許される。細身の騎士に案内されて執務室に入ると、リムステッラ騎士団長を彷彿とさせる大柄な老騎士──辺境伯が我々を出迎える。


「騎士団長──グレンからの手紙で、いろいろと聞いておるぞ」

 言って、辺境伯は豪快に笑う。

「光栄です」

 何を書かれているのやら、と不安に思いながらも、とりあえず謝意を述べて──私は同行者として、黒鉄とロレッタを紹介する。噂どおりの武人であれば、ロレッタはともかく、黒鉄には興味を示しそうなものであるのだが、辺境伯はどちらにもまったく関心を示さず──それが少し気になる。


「血讐?」

 門で面白い少年に出会ったという話から、血讐の真偽についてを尋ねると、辺境伯は露骨に顔をしかめる。

「何を愚かなことを。そのようなこと、領主たるこの俺が、認めるわけがないではないか」

 話の流れで何とはなしに触れただけの話題であるというのに、辺境伯は烈火のごとく怒り、声を荒げる。

「領内では、俺が法である。諍いがあれば、俺が裁く。血讐などという前時代的なもの、許すはずもない」

 それはそのとおりなのであるが、それではあまりにもティオの言い分と食い違う。今一度、真偽を問おうとする私に、辺境伯は羽虫でも追い払うように、ぞんざいに手を振って。

「興がそがれたわ。下がれ」

 横暴に言い捨てて、あれよという間に、私たちは部屋を追い出されてしまう。



「何あれ!」

 ロレッタの憤慨の声が、廊下に響く。

「ちょっと、声が大きい」

 唇に指をあてて、静かに、とうながすものの、憤るロレッタの気持ちもわからないではない。事前に騎士団長に聞いたかぎりでは、辺境伯は高位の貴族ではあるものの、どちらかというと武人肌で、団長とも気のあう友人であるとのことだったのだが──実際のところは、どこからどう見ても高慢ちきな貴族然としていて、鼻持ちならない男であった。


「巡察使殿、しばしお時間をいただいてもよろしいか」

 と、背後から声をかけられる。振り向いてみると、先ほど我々を執務室に案内した細身の騎士がおり──よもや、辺境伯から追加の小言でも預かってきたのではあるまいな、と身構える。

「そう身構えないでくれ──私は、アルジナス辺境伯の娘、エリアスと申すもの」

「え、嘘!」

 騎士──エリアスの名乗りを受けて、ロレッタが驚きの声をあげる。失礼きわまりない反応であるが、責めるわけにもいかない。私もロレッタと同様に、まず目の前の騎士が女であることに驚き、そして──その容貌に驚いて、声をあげそうになる。

「君たちも、噂に騙された口か」

 私たちの反応に、エリアスは苦笑をもらす。


 その端正な立ち姿といったら!


 たおやかな優美さとは、また異なる趣であるとはいえ、彼女は抜き身の剣のように鋭く──辺境伯の娘が醜女であると言ったのは誰であったか、そいつの舌を引っこ抜いてしまいたいと思うほどに、凛と美しかった。


「結婚などせぬと公言しているというのに、私に求婚する輩が多くてな。うっとうしいので、剣で勝てたなら、という条件をつけて、すべて負かしてやったのよ」

 それがよくなかった、と彼女は反省の色を示す。

「求婚相手は、どうにもせせこましいやつらばかりで──連中、負けた腹いせに、私が醜いだの、乱暴者だの──ま、後者は心当たりがないでもないが──根も葉もない噂を広めおったのよ」

 まったくけしからんやつらだ、と話を結ぶ──が、そこまでされるからには、よほどこてんぱんにやり込めたのであろうから、やはり後者の噂には嘘はないのであろうな、と思う。

「ま、そういうわけで、噂ほどの醜女ではない」

 期待にそえずにすまぬな、とエリアスはからかうように笑う。

「さて、本題だ。すまぬが、立ち話というのもはばかられるのでな、私の部屋まで同行を願おう」



 エリアスの私室に通されて、長椅子に腰をおろす。花の一つもない、何とも娘らしからぬ部屋で──それがかえって落ち着くあたり、私も人のことは言えぬのであろう。


「父上を見て、どう思った?」

 エリアスは、手ずから淹れた茶を、私たちにふるまって、自らも椅子に腰をおろす。

「どうって?」

「血讐のことよ」

 口をつけた茶器をテーブルに置いて、エリアスは真剣な面持ちで切り出す。

「父上が、流行り病の村を焼き、悲嘆に暮れる男児に血讐を約束したのは、まぎれもない事実なのだ」

 私もその場にいたからな、とエリアスは淡々と続ける。

「流行り病を断つために村を焼くという領主としての苛烈な判断、そしてそれに納得できぬものへの武人らしき配慮、どちらをとっても、我が父ながら、敬意に値すると思ったものさ」

 懐かしむように目を細めて、小さく笑う。

「──しかし、今や父上は、その思いやりある血讐を反故にしようとしている」

 それが腑に落ちないのだ、とエリアスはしぼり出すようにつぶやく。


「エルラフィデスについて、どのくらい知っている?」

 と、エリアスは唐突に話題を変える。

「神を信仰する国、だっけ?」

 祖父から聞いたことはある──とはいえ、当時の私の隣国への関心は薄く、それほど確かな記憶とも思えなかったので、西方の事情に詳しそうな黒鉄に──何せ、生まれは西方である──正確なところを目で尋ねる。

「神を信仰する国であっとるよ。もっと言えば、我々が神に祈りを捧げるよりも──儂であっても鍛冶の際には火神に祈るからの──さらに自らの日常を神に捧げるものたちであると聞く」

 エリアスは黒鉄の言に頷きながら、言葉を重ねる。

「神を信仰することは──ま、よい。私も、黒鉄殿と同様に、武を司る火神への信仰はある。しかし、その信仰の先に、エルラフィデスへの崇敬があってはならんのだ」

 強く言い切って、エリアスはかぶりを振る。

「リムステッラの建国以来、数百年にわたって、エルラフィデスは友好国であった。それでは、国境を守護する辺境伯は、何から国を守っているのか──もちろん、長きにわたる友好を翻意して、エルラフィデスがリムステッラに攻め込んでくるということはありうる──が、我々はそのようないつ起こるともしれぬ危機にのみ備えているというわけではない」

 と、そこで言葉を切って、エリアスはテーブルの茶器を手に取る。

「我々は──宗教の流入を防いでおるのよ」

 言って、冷え切っているであろう茶を飲みほす。


「エルラフィデスの西方で内乱が起こったのは知っているか?」

 と、エリアスは再び話題を変える。

「いや、聞いたこともないぞ」

「あたしも」

 黒鉄が答えて、ロレッタも右に同じと返す。

「儂がエルラフィデスに滞在しておる頃に内乱が起こったのであれば、さすがに耳に入るであろうからのう。最近のことか?」

「二年前のことになる。内乱はすぐに鎮圧されて、エルラフィデスは政情への影響がないことを内外に喧伝するために、式典を開いた。父上は、その式典に招かれて──そして、変わってしまったのだ」

 あれは父上ではない、とエリアスはつぶやく。

「父上は、式典から戻って、すぐに村を焼いた。謀反の疑いあり、と言ってな。そのようなこと、私の耳には、噂でさえも入ってきていないというのに──その村の跡には、新たな村がつくられて、今ではエルラフィデスの信徒が住んでおるよ」

 吐き捨てるように言って、エリアスは唇を噛みしめる。自らの父による、国を裏切るがごとき蛮行に、国境を守り続けてきた誇りを傷つけられ──そして、娘としても裏切られた思いなのであろう。噛みしめる唇からは、痛ましいほどに血が滲んでいる。

「父上は、もはや在りし日の父上ではない。もしも──もしも、父上がエルラフィデスにそそのかされて、リムステッラへの謀反を企てているようであれば──」

 エリアスは、私室の中であるというのに声をひそめて、ささやくように告げる。


「父上を──殺してほしい」

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