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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第11話 血讐

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1

「ねえねえ、今からでも海に向かおうよう」

「ひとまずは辺境伯領の領都に向かうと決めたじゃろ。黙っておれい」

 ロレッタの要望をぴしゃりとはねつけて、黒鉄は彼女を黙らせる。


 街道を西に進む我々は、もう間もなく辺境伯領の領都へとたどりつく。遠目に見える領都は、国境を守るという役割を担っているだけのことはあって、王都を思わせるほどの外壁に囲まれている。とはいえ、領都の外壁は人の手によるもののようで、古代の魔法によって築かれた王都の外壁とくらべると、いくらか武骨で──華やかな都というよりは、堅牢な城砦都市というような印象を抱かせる。


 領都は、西方──エルラフィデスとの貿易の要所でもある。領都の門には、交易を生業としているであろう商人たちの荷馬車が列をなしており、その後ろに並んで待つことを思うと、いくらかげんなりする。

「儂らは、あちらからじゃ」

 と、黒鉄の案内で道を折れる。どうやら、身軽な旅人は、別の門からの通行となっているようで──それほど待たずに済みそうである、と安心して、足取りも軽やかにそちらに向かう──と。


「通せ! 通しやがれ!」

 声変わりもしていないであろう少年の甲高い怒声が響く。何事か、と見れば、少年と衛兵が、通せ、通さない、と押し問答を繰り返しており──通行の順番を待つものたちの、見世物のようになっている。

「辺境伯は、おいらに『血讐』を許すと言ったんだ!」

 年の頃は十をいくつか越えたくらいであろうか、少年は衛兵に食ってかかる。


「血讐とは、穏やかではないのう」

 遠目に眺めながら、黒鉄は長い髭を手でもてあそぶ。

「血讐って?」

 胸もとに向かって尋ねると、フィーリが説明を始める。

「血讐とは、蛮族の風習で──」

 ひとまず、蛮族呼ばわりは聞かなかったことにして。


 フィーリの話すところによると、血讐とは、自らや、自らの血族が何らかの被害を受けたとき、その被害側の血族たるものは、加害側の血族に報復しなければならないという風習のことであり──古くは英雄的な行為として認められており、物語となっている例もあるのだという。


「──ってことは、今はもう血讐なんてないんじゃないの?」

 被害への報復ということは、それはつまり刑罰を与えるということであり──今では、それは国が担うべきものとされているはずである。

「そうじゃな。少なくとも、リムステッラでは聞いたこともない」

 黒鉄は同意を示すように頷く。


 血讐など許されるはずもないというのに、それを許されていると主張する少年──俄然、興味がわいてくる。


「その子、私に預からせて」

 言って、私は少年をかばうように割って入る。

「何だ、お前は」

 いぶかしげに誰何する衛兵に、巡察使であることを示すと、彼らの態度は目に見えて軟化して、私たちは──少年も含めて──通行を許されて、領都の門をくぐる。



 少年を連れて酒場に入るのも体裁がわるかろうということで、繁盛している様子の食堂の扉を開く。食堂は、夜は酒を提供するようであったが、昼は食事のみとなっているようで、黒鉄好みの酒場にくらべると、何とも健全な客層である。奥まった席に腰をおろして、給仕を呼びとめて、適当に昼食を頼む。


「助けてくれて、ありがとう!」

 よほど腹がすいていたのであろう。少年は誰よりも早く──黒鉄よりも!──料理をたいらげて、先ほどの血讐騒ぎを起こしたものとは思えぬ、年相応の笑顔で礼を述べる。

「礼の言える、よい子じゃないか」

 ロレッタは、給仕された料理を、もぐもぐと咀嚼しながら、少年の頭をなでて、舌鼓を打つ。領都では、南西の港町から取り寄せた海産物が流通しているようで、何やら虫のようにも見えるものを煮込んだ料理を前にした彼女の喜びようといったらなかった。


「しかし、坊主──血讐を許されておるとは、いったいぜんたいどういうことなんじゃ?」

 黒鉄の疑問も、もっともである。

 リムステッラでは、私闘は許されておらず──ま、許されていないとはいえ、酒場での喧嘩くらいならありふれているのであるが──度を越えたものであれば、当事者たちは衛兵に捕縛されて、刑罰を受けることになる。諍いがあるのであれば、私闘に至るのではなく、領主に申し出て、その執行する法によって、解決を図らなければならないのである。

 フィーリの説明を聞くかぎり「血讐」とは血族の受けた被害に対する報復を「義務」としたものであり、私闘の最たるものとも言える。私闘を許さぬリムステッラの法のもとで、本当に血讐を許されているというのであれば、それは尋常のことではない。


「おいらは、オルブスって村の出で、ティオってんだ」

 少年──ティオは、とつとつと語り出す。

「どこかで聞いたような」

 と、天を仰いで思案して。

「あ、ルエラの故郷の──」

 言いかけたところで、彼女の故郷の村が、流行り病で滅んでいることを思い出して、慌てて口をつぐむ。

「姉ちゃんは、オルブスがどうなったのか、知ってるんだね」

 ティオは、悲しそうに、そうつぶやく。


「おいらには、家族がいた。両親と、姉ちゃんと、四人で暮らしてたんだ」

 ティオの真剣な面持ちに、私たちは一様に食事の手を止めて、その話に聞き入る。

「父ちゃんが病に倒れて、流行り病かもしれないってことで、幼かったおいらは、隣村の叔父さんのところに預けられた。おいらは、父ちゃんの病が治るのを──父ちゃんが迎えにきてくれるのを、首を長くして待ってたよ。でも──父ちゃんが迎えにくることはなかった。おいらの村は、村人のほとんどが流行り病で死んでしまって、村ごと焼かれちまったんだ」

 ティオの故郷の悲惨な末路に、私たちは顔を見あわせる。

「それは、かわいそうだとは思うが──まあ、仕方のないことじゃの」

 黒鉄の言葉に、ロレッタも頷く。私だって否やはない。流行り病で死んだものは火葬する。私の祖父もそうだった。村のほとんどが流行り病で死んだとなれば、村を焼くのも仕方のないことであって──それは、辺境を生きるものにとっては、覚悟しておかなければならない過酷な日常の一つであった。

「それは──わかってる。おいらだって、村を焼いたことを恨んでるわけじゃない。でも、村を焼いた辺境伯は言ったんだ。自分を恨んでいいって。いつでも血の復讐を受けるって──本気だった。本気で、血讐を受けるって言ったんだ。すごいやつだと思ったよ」

「そのような約束をするとは、辺境伯は噂に違わぬ武人のようじゃのう」

 感心するようにつぶやく黒鉄に、しかしティオは大きくかぶりを振る。

「でも、辺境伯は──あいつは変わっちまった」

 ティオは吐き捨てる。国境を守護する大貴族をつかまえて、あいつ呼ばわりとは、よほどの恨みを抱いているものとみえる。

「オルブスが焼かれて、おいらは隣村の叔父さんのところに身を寄せた。村のみんなは、おいらに優しくしてくれたよ。おいらも、理不尽な過去を乗り越えていけるって、そう思い始めていたんだ。でも──でも、あいつは、おいらが身を寄せていた村を、理由もなく滅ぼしたんだ!」

 ティオは行き場のない憤りをぶつけるように、テーブルを、どん、と叩く。

「あいつは、謀反の疑いがあるって言ってたけど、そんなものあるわけないんだ。だって、たった数十人が暮らす、小さな──小さな村なんだぜ」

 しぼり出すように言って──あふれる感情を抑えきれなくなったようで、そのまましゃくりあげるように泣き始める。泣き声は、食堂の喧噪にかき消されるほどの、小さなものだった。しかし、その泣き顔は、私の胸に棘のように刺さって、抜けることはなかった。


「おいらは、あいつに血讐を許されている。だから、村の皆の復讐をはたしてやろうと思って、領都にきたんだ」

 いくらか泣いて落ち着いたものか──そして、衆人の中で泣いてしまったことを恥じているものか、ティオは目をこすりながら、早口でまくしたてる。

「それは、無茶であろう。相手は──辺境伯アウルス・アルジナスは、リムステッラの雄牛と呼ばれるほどの武人じゃぞ」

 やめておけ、となだめる黒鉄の言葉も、少年には届かない。

「勝てるわけないってことはわかってる。おいらにとっては、おいらが立ち向かうってことが大事なんだ」

 ティオは、狂気すら感じさせるほどに目を見開いて、淡々と続ける。


「姉ちゃんたちが止めても無駄さ。おいらは必ず──血讐をはたす」

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