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「ちょっと、追いかけてきたんじゃないでしょうね?」
「進む方角が同じなんじゃ。こうして出会うこともあろうよ」
聞いたことのある台詞を悪びれずに言って、黒鉄はフィーリの取り出した酒を一息に飲みほす。絶対嘘だ。
ウェルダラムの街に着いて、二日。
滞在中にみつけた酒場は、チェスローの酒場が上品に思えるほどに、野卑な連中がひしめいている。話してみると気のいい連中ではあるものの、それほど匂いに頓着のない私でも顔をしかめる程度には臭いので、店内に私以外の女性の姿はない。鎧戸を開け放った窓のそばに座って臭気をやりすごしていると。
「相席を頼もう」
他にも空席はあるというのに、わざわざ私に声をかけて、返事をするよりも先に腰をおろしたのは、やはりむくつけきドワーフ──黒鉄だった。
「儂が追いついたということは、ウェルダラムに滞在しておるのか。てっきり、王都を目指して先に進んだものと思っておったぞ」
「やっぱり追いかけてきてるじゃない」
語るに落ちるとはこのこと。ふん、と鼻を鳴らして、顔をそむける。
とはいえ、祖父の代わりのように保護者然としてくれる黒鉄のことは、嫌いではない。こうして気にかけてくれるのも、それなりにありがたい。と思う。せめて、もう少しくらい放任主義でいてくれたらいいのに。
「それで、ウェルダラムで何をしておるんじゃ?」
「ちょっと寄り道しようと思ってるの」
「どこに」
「ウェルダラムの迷宮」
ウェルダラムの街の郊外にある迷宮だから、ウェルダラムの迷宮、というわけではない。ウェルダラムの迷宮のそばにつくられた街だから、ウェルダラムの街、ということのようだ。街は、多くのものが迷宮を探索する過程で形成されたもので、迷宮の方はというと、この国ができるよりも前から存在するらしい。
「フィーリが言うには『訪れるべき場所』なんだってさ」
ね、と続きをうながすと、旅具は朗々と語りだす。
「ウェルダラムの迷宮というのは、おそらく地下都市ウェルダラムのことであろうかと思います。ウェルダラムは、地上の外敵に備えて建設された地下要塞からなる都市国家です。下層に広がる都市空間は、とても地底に建設されたとは思えぬほど美しく、見るものを魅了します」
一見の価値はあります、と断言する。
「下層に地下都市があるなんぞ、聞いたこともないぞ」
「誰もたどりついたことがないのでしょうね」
フィーリの言わんとするところを理解したものか、黒鉄はあんぐりと口を開ける。
「つまり、何か、迷宮を踏破するつもりなのか。腕がよいのは知っておるが、いくらぬしでも、一人で迷宮を踏破するというのは無謀であろう」
「フィーリが大丈夫って言うから」
「大丈夫なものか。普通は、ほれ──」
言って、顎で二つ先のテーブルのむさくるしい男どもを指す。
「あいつらのように、少なくとも四人以上で探索するもんじゃ」
見れば、鼻をつまむような臭気を放っている四人組で、彼らが迷宮に潜ってばかりいるということなら、なるほど臭いのも頷ける。
「あの大男が集団の盾となる。ほれ、壁際に大きな盾を立てかけておるじゃろ。あの盾でもって、敵の攻撃を一手に引き受けるわけじゃな。そんで、痩せた男は、短剣使いかの。見たところ、斥候じゃろ。戦闘ではあまり役に立たんかもしれんが、索敵や罠の解除など、迷宮探索には欠かせぬ存在じゃ。残りの二人が長剣使いか。先ほどの大男が敵を引き受けておる間に、彼らが止めを刺すわけじゃな。欲を言えば、魔法使いがおれば戦いの幅が広がるというもんじゃが、冒険を稼業にするような奇特な魔法使いは少ないからの。贅沢は言えぬな」
よどみなく語る。
「詳しいね」
「昔、ちょっとな」
言葉を濁す。
黒鉄は迷宮に挑戦したことがあるのだろうか。もしかしたら、その挑戦は苦い経験をともなうものだったのかもしれない。黒鉄の渋面に、問いかける言葉を呑み込む。誰にだって、聞かれたくないことくらい、あるだろう。
「ともかく、一流の戦士が四人以上、それぞれ役割を分担して、専門に特化して、それでもなお踏破できぬのが迷宮なんじゃ。『鉄壁』だの『山猫』だの、数々の名の知れた冒険者がウェルダラムの迷宮に挑戦しておると聞くが、踏破したものは誰一人おらんのだぞ」
「そんなに心配しなくても、危なくなったら逃げるから」
実際、逃げに徹するのであれば、どんな危険からでも逃げ切れる自信はある。
しかし、お節介なドワーフは引きさがらない。いかに迷宮が危険か、どれほど行くべきでないか、尽きることなく滔々と語り続ける。私が聞く耳を持たないことを悟ると、どうしたものかと考えあぐねて──やがて、よいことを思いついたというふうに、にんまりと笑う。
「よし、それならば、儂も行こう」




