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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第10話 乙女

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4

 男爵邸で開かれる夜会には、ウェヌス卿の探し人──つまり、湖の乙女に似ているならば参加できるという布告があったようで、館の前には、我こそは乙女なり、という女たちが、長蛇の列をなしている。

 当然のことながら、私に似せた絵の乙女の髪は短く──集った女たちの髪も一様に短い。もちろん、皆がみな、もとから短髪なはずはなく、この日のために髪を切った女までいるようで──いやはや、貴族の寵愛を欲する女たちの執念たるや、凄まじいものである。

 門を守る衛兵は、乙女の絵を片手に、押し寄せる女たちの顔と照らしあわせて──己の審美眼によって、彼女らを選りわけている。時折、乙女ではなかろう、とふるい落とされた女が、衛兵に食ってかかることさえあるのだから、何とも割にあわぬ仕事である。


「通ってよし!」

 衛兵の選別を通過して、ルエラと──ロレッタは、顔を見あわせて笑顔を見せる。


 ロレッタによると、魔法の糸は、探知だけであれば、対象が遠くとも効果を得られるようであるのだが、それ以外の、斬ったり、縛ったり──ドレスをまとわせたり、というような効果を得るためには、対象の近く──目が届く範囲にいなければならないようで、ルエラのためにロレッタも夜会に参加することになったというわけである。おいしい酒が飲めるだろうから、願ってもない好機である、とはロレッタの談。ちなみに、それならば儂も、と言い出した黒鉄は、かわいそうではあるが、酒場で留守番をしている。どうがんばってみても、乙女にはなれそうもないからね。


 ロレッタは、その燃えるような赤毛を、いつものとおり頭の後ろで馬の尻尾のようにくくっている。他の女たちとは違って、長い髪のままであるから、湖の乙女の条件を満たしていないというのに、それでも衛兵の選別を通過するのだから、エルフの美貌とはおそろしいものである。


 ルエラとロレッタの参加を見届けて、私は門から遠ざかり、男爵邸の裏手にまわる。人目がないことを確認して、壁に指をかけて、するりとのぼり、二階の窓から部屋に侵入する。

 部屋の扉を薄く開いて、廊下をのぞく──と、はすむかいの部屋から、少年と呼んで差し支えのないほどの給仕が、慌てて飛び出してくる。見れば、彼の給仕服の着こなしはかなりあやしいもので──夜会を開くにあたって、臨時に雇われたものであろう、と当たりをつけて、少年の出てきた扉に忍び寄る。気配はない。扉を開いて、部屋に潜り込む。

 どうやら、部屋は給仕のためのもののようで、先ほどの少年が脱ぎ散らかしたと思しき衣類や、小ぎれいに整えられた給仕服の余りが並んでいて──この日のために、大勢のものが給仕として雇われたようで、彼らの私物で部屋は雑然としている。

「給仕になるのがいいかも」

 誰にともなく、つぶやいて──招待客にまぎれて、まかり間違って湖の乙女であると認定されるようなことになっては、本末転倒であるから、主催側に潜り込むのがよかろう、と給仕服に着替えて──自らの着衣はフィーリに預けて──階下に下りる。


「そこの君」

 と、廊下で出くわした執事と思しき壮年の男が、不意に私を呼びとめる。

「見ない顔だね。臨時に雇われた給仕かね?」

「はい!」

 溌剌と答える。大事なのは勢いである。

「そうか。それでは、お客様に葡萄酒を給仕してもらえるかな」


 執事に案内されて、夜会の開かれる広間に入る。広間には、すでに多くの乙女たちが集っていて──どうやら、ウェヌス卿はまだ現れていないようで、彼の登場を、いまかいまかと待ちわびる彼女らのせいで、広間は大変にかしましい。隅で演奏している楽士たちの音楽も聴こえぬほどで──いや、そもそも乙女たちに音楽を楽しむ気などないのであろう。それがわかっているからこそ、楽士たちは気だるそうに演奏しており、明らかにやる気のないのが見てとれる。


「この銀盤に酒杯を載せて、お客様に給仕しておくれ」

 テーブルには、数枚の銀盤と、なみなみと葡萄酒を注がれた酒杯が並んでいる。

「こぼさないように、くれぐれも気をつけて」

「はい!」

 念を押す執事に、やはり溌剌と答えて、彼の背中を見送る。


「さて」

 執事からは、銀盤には適量の酒杯を載せるように、と釘を刺されていたのであるが──私は指示を無視して、二枚の銀盤に酒杯を並べて埋め尽くし、それぞれの手に盤を載せる。

「マリオン、そんなに酒杯を並べて、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって」

 不安そうに尋ねるフィーリに、自信をもって返す。

「さっさと給仕を終わらせれば、すぐにルエラの援護にまわれるじゃない」

 まとめて運んだ方が、給仕も早く終わる。道理である。

「どうなっても知りませんよ」

 と、旅具は不幸な事故を暗示するようにつぶやいて。


「若様よ!」

 広間に入ってきたウェヌス卿をめざとくみつけた婦人が声をあげて、乙女たちは彼に向けて──そして、ちょうどその間で給仕していた私に向けて──大群となって押し寄せる。乙女たちの勢いは凄まじく、さすがに銀盤いっぱいに酒杯を載せていては、すべてを避けきることもできず、数人の乙女たちにぶつかって、いくつかの酒杯が宙に舞う。

「おやおや」

 言わんこっちゃない、と旅具が嫌味たらしくつぶやく──が、私は微塵もあきらめてはいない。一つの銀盤の酒杯の上に、もう一つの銀盤を載せて、平衡をたもって、片手を空ける。宙に舞った酒杯の底を指先で弾くようにして、次々と銀盤に誘い、そして上下の動きで勢いを殺して、やわらかく受け止める。遠くに飛んだ酒杯には手が届かず、仕方なく足を伸ばして──無作法はご容赦願いたい──足先に載せて、ほい、と持ちあげて、銀盤で迎える。

「やるう」

 近くで見ていたロレッタが──いつから見ていた──感嘆の声をあげて。

「給仕で食べていけるんじゃない?」

 彼女は銀盤から酒杯を取って、まずはその香りを楽しみながら、からかうように笑う。


「乙女たちが、あんなに群れてちゃ、若様に近づけないね」

 ロレッタは、隣のルエラに聞かせるようにつぶやいて──葡萄酒を舐めるように口にして、ほう、と感嘆の声をあげる。

「ロレッタ、何とかして若様に近づいて、外に連れ出してもらえる?」

 私はルエラを連れて、外で準備を整えておくから、と彼女に告げて──ロレッタから空になった酒杯を受け取り、銀盤から新たな葡萄酒を渡す。

「ええ、マリオンが若様の方に行ってよ」

「あいつは私を探してんの! みつかったら困るでしょ!」

 周囲に聞こえぬように声をひそめて、しかしいくらか語気を荒げて、ロレッタに返す。

「はいはい」

 ぞんざいに答えて、ロレッタは酒杯をあおるように飲みほして──銀盤から新たな葡萄酒を二つ取って、ウェヌス卿を取り囲む人だかりに向けて、ゆるりと歩き出す。

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