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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第10話 乙女

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58/311

3

「あ、あの、どういうことですか……?」


 酒場の二階は宿を兼ねており、その一室を借りて、ルエラを連れ込む。酒場の主人には、給仕を奪われては困ると難色を示されたのであるが、私の握らせた数枚の銀貨によって、ルエラは無体にも我々に引き渡されたのである。


「大丈夫。何も怖がることはないよ」

 ささやきながらルエラに近づき、震える彼女の髪をかきあげて──そのつぶらな瞳をあらわにする。

「お、確かに、マリオンに似てるかも」

 言って、ロレッタはルエラの顔をまじまじとのぞき込んで。

「──っていうか、マリオンよりもきれいだね」

 彼女の吸い込まれるような碧い瞳に、ほう、と溜息をつく。

「マリオンの魅力は、その快活さによるところが大きいからのう」

「ありがと」

 なぐさめるように黒鉄が言って──別になぐさめる必要もないのだが、と黒鉄の生真面目な優しさに苦笑をこらえながら、礼を述べる。


「な、何なんですか? わ、私に何のご用なんですか?」

 ルエラは、私の手を振り払い、瞳を隠して──それでいくらか落ち着きを取り戻したようで、私たちに問いただす。

「実は、ルエラにお願いしたいことがあって」

 無理強いするつもりはないんだけど、と断りを入れて。

「もしも、ルエラにその気があるのなら、男爵邸で開かれる夜会に参加するお手伝いができないかと思ってさ」

「む、無理です!」

 私の提案は、にべもなく断られる。

「若様に興味はないの?」

 男爵家の嫡男で、それなりに見目もよいとなれば、領内の娘たちにとっては、憧れの的なのではないかと思っていたのだが。

「ま、街のもので、若様に興味のないものなんていません。む、娘たちは、みんな、若様に見初められるのを夢みていますから」

 ウェヌス卿について語るルエラの瞳に、熱っぽい色が灯るのを、私は見逃さなかった。

「じゃあ、夜会に出てもいいじゃない」

「む、無理です。そ、そもそも、私なんか、夜会に出ようとしても、追い返されてしまいます」

 言って、ルエラは顔を隠すようにしてうつむく。

「そんなことないと思うけどなあ」

 ロレッタは、ルエラの顔を両手で包んで持ちあげて──顔を近づけて間近で吟味する。

「あなた、きれいだよ。何でそんなに自信がないのか、不思議なくらい」

「わ、私はきれいなんかじゃありません。お、伯父には出来損ないって言われてますし、お客さんにも笑われてばかりで──」

 言いながら、日頃のひどい扱われようを思い起こしたものか、ルエラは再びうつむく。

「伯父って?」

「さ、酒場の主人です」

「あいつか……」

 先ほどの酒場での様子を思い出したようで、ロレッタは吐き捨てるように言って、顔をしかめる。

「まったく、見る目のない男どもめ」

 罵るように続けて──それ儂も入っとるの、という黒鉄の声を無視して、ロレッタはなぐさめるようにルエラの頭をなでる。


「フィーリ先生、化粧道具なんて、持ってたりする?」

「ありますよ」

「さすが!」

 ロレッタに急かされるようにして、私はフィーリから化粧道具を取り出す。

「ロレッタ、化粧なんてできるの?」

 尋ねながら、化粧道具を彼女に手渡す。

「旅暮らしでは、縁がないけどね。必要とあらば、最低限のことくらいはできるよ」

 答えて、ロレッタはルエラの顔に、それこそ魔法のように、化粧を施し始める。

「先生、この白粉、鉛が入ってたりしないよね?」

「蛮族ではあるまいし、鉛など入っておりませんよ」

「よかった」

 フィーリの答えに安心したようで、ロレッタの手は軽やかに踊り出す。その手さばきたるや、熟練の画家を彷彿とさせるほどで──美に疎い私ではあるが、実際のところ、化粧とは芸術に近いものなのかもしれない、と思う。


「ほら!」

 ロレッタは手早く化粧を終えると、フィーリから姿見を取り出して──何でも持っているもんだなあ──ルエラを前に立たせる。

「──わあ!」

 私は、横から鏡をのぞき込んで、思わず感嘆の声をあげる。鏡に映るのは、先ほどまでのルエラではなかった。美しく彩られた自らの姿に、ルエラ自身も見惚れているようで──姿見に向けて、おずおずと手を伸ばして、鏡に映るのが間違いなく自身であるとわかると、呆けたように立ち尽くす。


「──で、でも」

 しかし、それでも夜会に参加するまでの心変わりはないようで、ルエラは新たな言い訳を始める。

「こ、こんなにみすぼらしい格好で、夜会には参加できません。ド、ドレスなんて持っていませんから」

 ルエラは、恥じるようにうつむいて、身に着けている前かけの汚れを腕で隠す。

「ま、そこは任せてよ」

 言って──ロレッタは、部屋の外に追いやらん、と黒鉄の肩を押す。

「はーい、お爺ちゃんは出ていって」

「誰が爺さんか!」

 ぶつくさと不平をもらす黒鉄を無理やりに追い出して──はて、何をするのであろうか、と眺めていると、ロレッタはルエラの服を脱がし始める。

「ちょ、ちょっと、や、やめ──」

 ルエラは抵抗するそぶりを見せるが、ロレッタはおかまいなしに彼女の前かけと、次いで上衣を脱がせて──ルエラの抵抗が鈍いところを見るに、ロレッタは魔法の糸で彼女を拘束しているのかもしれない──瞬く間に肌着姿にむいたかと思うと。

「じゃあ、いくよ」

 驚けよ、と告げて──ロレッタは魔法を唱える。


『魔糸よ!』


 言葉とともに、ロレッタの指先から、糸が紡がれる。糸はルエラめがけて飛んで、彼女の身体に触れると、踊るようにからみあい、瞬く間に編みあげられていく。魔法の糸を紡いで、蜘蛛の巣状に編むことができるというのは知っていたのだが──それでさえも器用なものだなと感心していたのだが、まさか──まさか、ドレスさえ織ってみせようとは。ロレッタの卓越した魔法の構成力に舌を巻く。


「嘘──」

 ルエラの吃音が──ぴたりと止まる。


 姿見に映るルエラは、もはや酒場の給仕などではなかった。

 化粧で彩られた肌は雪の精のように白く、しかし頬にはほんのりと娘らしい赤みが差していて、妖精と人間のあいのこのような、清廉な美しさに満ちている。ドレスはといえば、以前にリュカに見せてもらったことのある絹よりもなめらかで、その潔白な服地は神秘的な光沢を放っており──ロレッタの魔法によって、ルエラはそこらの貴族では手が届かないほどの気品を帯びていて──今や彼女は、まぎれもない淑女だった。

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