2
「どう考えても、マリオンのこと探してるよね」
言って、ロレッタは楽しそうに──その話題を肴にして、酒杯を飲みほす。
湖での不愉快な出来事の後、私たちは昼過ぎにはシンダールの街にたどりついた。嫌なことは酒でも飲んで忘れよう、という黒鉄の提案に皆が賛成して、昼間から酒場に繰り出して──私は、私を極限まで美化したならばこうなるであろう、という探し人の絵に直面したのである。
酒場の客によると、男爵の息子であるウェヌス卿が、湖の乙女を探すために貼った絵であるとのことで──酒場は、近く男爵邸で開かれるという、乙女を招くための夜会の話でもちきりだった。
「妖精を探さないでよ……」
周囲からもれ聞こえる噂話を耳にして、うんざりしながら花の酒を舐める。
「やあ、もてる女はつらいね!」
ロレッタは笑いながら私の背中を叩いて──酒場の主人であろうか、つくりあげた料理を自ら給仕している恰幅のよい男を呼びとめて。
「ね、乙女を招く夜会って、どういうことなの?」
と、あけすけに尋ねる。
「あんたら、旅人さんかい?」
そりゃあさぞ驚いただろう、と主人は苦笑を返して──隣のテーブルに料理を給仕してから、我々に向き直る。
「男爵様のご子息のウェヌス様──若様は、まさに今朝のこと、湖で乙女に出会ったそうなんだよ」
主人によると、可憐な少女とも神秘の妖精ともつかぬ乙女と出会ったウェヌス卿は、彼女に再び会いたい一心で、行動を起こしたのだという。
「しかし、その日のうちに探し人の絵まで描かせて、あげく夜会まで開くつもりとはのう」
ちと性急すぎやせんか、と黒鉄が疑問の声をあげる。
「若様は、男爵様から結婚を急かされていてね。次の見合いの相手っていうのが、あの辺境伯の娘なんだよ」
よりにもよって、と主人は露骨に顔をしかめてみせる。
「辺境伯の娘なら、相手の方が格上じゃない。喜ばしい話に思えるけど」
言って、ロレッタが首を傾げる。
「お客さん、知らないのかい?」
と、主人は声をひそめて、噂好きの顔をのぞかせる。
「何でも、辺境伯の娘ってのは、もらい手がないほどの醜女だそうで──ここだけの話ですよ──しかも、女だてらに剣を扱うらしく、とんでもない乱暴者だってんだから──ま、辺境伯の娘よりは、湖の乙女と結ばれたいっていう若様の気持ちも、わからんではないですよ」
ここだけの話という割には饒舌に語って──自らも少々語りすぎたと思ったものか、主人はごまかすように笑って、話を打ち切る。
「──と、酒のおかわりはいかかですかな?」
主人は、黒鉄とロレッタ──二人の酒杯が空になっているのをめざとくみつけて、客用の笑顔を見せる。
「エールを頼む」
「あたし、あっちの客が飲んでるやつ。蜂蜜酒かな」
主人は、ロレッタの注文に、お目が高い、と笑って──自らは料理に戻るのであろう、厨房に向かいながら、声を張りあげる。
「おい! ルエラ! こちらのお客さんにエールのおかわりと蜂蜜酒!」
「は、はい」
主人が呼びかけると、小鳥のさえずりのように小さな──しかし、高く澄んだ声で、給仕の娘──ルエラが返す。見れば、彼女は短めの髪に比して、その瞳を覆うように前髪のみ長く、猫背で給仕していることもあいまって、どこか暗い印象を抱かせる、おとなしそうな娘だった。
「お、お待たせしました」
吃音──とまではいかないものの、若干どもりながら、ルエラはおどおどと酒を給仕する。
「声が小さい!」
「お、お待たせしました!」
主人に怒鳴られて、ルエラは声を張りあげる。
「すみませんね。流行り病で亡くなった妹の娘なんですが、少々出来がわるいもんで」
と、主人は客用の笑顔で言い放つ。家庭の事情もあるのであろうから、客の我々が口を出すようなことではないのかもしれないが──客であるからこそ、酒を飲んでいるときに、給仕を怒鳴り散らす様を見せられるのは、あまり気持ちのよいものではない。
「気にしなくていいよ、ありがと」
ロレッタも同じ思いであったものか、ことさらに優しい声で言って、ルエラから蜂蜜酒を受け取って──客の不興を招かなかったことに、ルエラはほっと安堵の息をつく。
「マリオンは夜会に行かないの?」
「行くわけないでしょ!」
行けばいいのに、とからかうロレッタに、語気を荒げて返す。
興味本位で夜会に参加して、まかり間違って湖の乙女であると認定されてしまったなら、私の裸身を妖精のものとして記憶から抹消してもらう計画が水の泡になってしまうではないか。
「将来の男爵夫人になれるかもしれないのに」
「興味ありません」
「──それなら、このまま街を出ればいいだけじゃない」
言って、ロレッタはうまそうに酒杯を傾けて──蜂蜜酒はエールよりも高級で、酒場に置いてあるのはめずらしいらしい──何を悩むことがあるのか、と不思議そうに首を傾げる。
確かに、彼女の言い分はもっともである。私たちは、さっさと街を出て──夜会では、私以外の誰かが乙女と認められて、あの裸身はその彼女のものであったのだとウェヌス卿には納得してもらいたいものであるが──そんなに都合のよい話はないであろう。
「ううむ」
うなりながらテーブルに突っ伏して、ごろん、と首を傾けて──そばを通りかかったルエラの顔を見あげて、はっと彼女の手をつかむ。
「あなた、私に似てるような気がする」




