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女たちを連れて、アジェテの村に帰り着く。
「ただいま!」
村の被害にうなだれる男たちを元気づけるように、大声で呼びかける──と、彼らは女たちの姿を認めて、歓喜の声をあげながら駆け寄り、互いの無事を喜んで抱擁する。
「マリー!」
男たちの中に、ゴルダの姿がある。追加で渡した傷薬が功を奏したのであろうか、命に別状はなさそうで──とはいえ、万全ではないのであろう、片足を引きずるようにして、よたよた、と最愛の人のもとに駆けてくる。
「ゴルダ!」
自らの眼前で崩れ落ちそうになるゴルダの身体を、マリーは駆け寄って抱きとめる。
「生きて──生きていたのね!」
「マリオンさんが、貴重な傷薬をわけてくれたんだって。俺以外にも、命拾いしたやつが大勢いるって、婆さんが話してたよ」
言って、ゴルダは私に礼を述べる。貴重な傷薬とは、大仰な。渡した傷薬は、古代においては安価なものらしく、腐るほどある──腐ることはないのだが──とは、フィーリの言。
「マリーこそ、無事でよかった」
「マリオンさんと──みなさんのおかげで、傷一つないよ」
言って、マリーは笑ってみせる。本当は、無事に村に戻ることができたのだから、気を緩めて泣いてしまいたいであろうに──ゴルダを安心させるためだけに、彼女は気丈に笑顔を見せる。
「マリーを守ってくれて、ありがとうございます」
再び礼を述べるゴルダに、私は首を振る。
「マリーを守ったのは、ゴルダ──君だよ」
ゴルダがマリーの名を呼ばなければ、私はどこかで足を緩めていたかもしれず──もしかしたら助けは間に合わず、マリーは傷ついていたかもしれない。
私からの賛辞を、ゴルダは照れくさそうに受け取って──マリーは、感謝と、そしていくらかの非難がないまぜになったような複雑な面持ちで、ゴルダの胸に顔をうずめる。
「私をかばって斬られるなんて──死んでしまったかと思って、たくさん泣いたんだから」
責めるように言って、マリーはゴルダの胸を叩く。
「泣かせてしまって、ごめん」
と、ゴルダはマリーの背にそっと腕をまわして。
「でも、俺は何度でも、マリーを守るよ」
言って、ゴルダはマリーを強く抱きしめて──応えるように、マリーもゴルダの背に腕をまわす。
「あのような歯の浮く台詞を、酒もなしに言えるとは、まったく大した男よのう」
黒鉄は、半ば本心から感心するようにつぶやいて──若い女どもはあのような台詞を望んでおるのかのう、と年寄りめいた疑問を呈する。
「恋人を守るためなら命も惜しくないって言う男は、たくさん見てきたけど──実際に命をかける男なんて、ざらにはいないよ」
いい男をつかまえたもんだね、とロレッタはうらやましそうにつぶやいて──ぱちぱち、と小さく手を叩いて、祝福の意を示す。
「しかし、惜しかったなあ」
ロレッタは、ぽつり、とつぶやく。
「何が?」
「盗賊の隠し砦──じっくり探せば、お宝も手に入ったんじゃないかと思ってさ」
金貨をたんまり貯め込んでいたかも、とロレッタは口惜しそうに続ける。
何かと思えば、そんなこと。
「ま、惜しかったかもしれないけど、私たちはお金に困ってるわけでなし──みんなを助けられたんだもの、それで十分だよ」
「マリオンは良い娘だねえ」
お姉さんはうれしいぞ、とロレッタは私の頭を、くしゃりとなでる。むう、子ども扱いしおってからに、と頬をふくらませて抗議して──そういえば、ロレッタは何歳なのであろう、と疑問に思う。私よりは年上なのであろう、と漠然とした印象を抱いていたのだが、あらためて考えてみても、何歳なのやら想像もつかない。エルフというのは──それがハーフエルフであっても──年齢不詳なものだな、と思う。
それから数日、私たちは村に滞在して、復興を手伝った。
黒鉄は、その怪力をもって、倒壊した家々の残骸を取りのぞいた。さらには森の木々を切り倒して、新たな家を建てる材となして──すべての家を建て直すまでには至らなかったものの、ひとまずのところ、すべての村人が雨風を凌げる程度には貢献したらしく──村人からの感謝の酒の誘いは引きも切らず、連日夜遅くまで酒盛りを楽しんでいたようである。
ロレッタは、その魔法の糸の繊細さをもって、家々の残骸から、まだ使えるものを選りわけて取り出した。さらには、盗賊の根城にも出向いて、崩壊した砦からも、略奪されたものを少しでも取り戻せないかと試みたようで──さすがに戻ったものは、それほど多くはなかったようであるが、中には生活に必需のものや、思い出の品も含まれていたらしく──村人にはずいぶんと感謝されたようである。
私は狩りに出て、食料の補充にあたった。村の食料の備蓄は、底をつきかけており──略奪された食料の一部は、不可抗力とはいえ、ロレッタが燃やしてしまって、戻らなかったのである──私の狩った獣の肉は、ずいぶんと重宝された。肉の一部は、フィーリによって、一瞬のうちに塩漬け、燻製されて保存食となり、村の備蓄の足しともなった。そういえば、いつぞやの飛竜の肉も役に立った。フィーリに熟成してもらっただけのことはあって、やわらかく、しかし親鶏のような弾力もあって、酒の肴として評判もよく──ま、ようするに村人の糧となったのである。よきかな。
「ね、聞いてよ。村の子どもに『爆炎のロレッタ』って呼ばれちゃった」
約束の時間に遅れぬよう酒場に駆け込んできたロレッタは、浮きたつ心を抑えられぬ様子で、私の隣に腰をおろす。
「あたしの爆炎の魔法を見た誰かが、噂しちゃったのかなあ」
などと、何とも浮かれた発言を繰り返すロレッタであるが──何のことはない、彼女自身が吹聴してまわっていることを、私は知っている。
「『失せもの探しのロレッタ』って呼び名とも、お別れかな。これからは『爆炎のロレッタ』と呼んでくれたまえ」
ふんぞり返って、私の肩を叩く──が、そもそも「失せもの探しのロレッタ」と呼んだ覚えもない。
「何を浮かれておるんじゃ。静かにせい。そろそろ始まるぞ」
黒鉄にたしなめられて、私たちは居住まいを正す。
酒場の真ん中──テーブルを端に寄せて空いたところに、マリーとゴルダが向かいあうように立っている。
「ゴルダ、娘を頼むよ」
言って、酒場の主人が、マリーの背を優しく押して──二人は互いの手を取る。
そう、何とも急な話ではあるが、マリーとゴルダは祝言をあげるのである。
盗賊に襲われたことで、何が起こるかわからぬなら、生きているうちに結ばれたい、と互いに思うようになったようで──恩人である私たちにも見届けてほしい、と懇願されて、村の皆とともに、二人を囲んでいるというわけである。
持参金もなく、お返しもない──略奪されて、火を放たれたのだから、当然であろう──そんな質素な婚姻において、唯一ゴルダの手にする花冠だけが、マリーへの愛を示す贈り物であった。
「あの冠の花──何ていう花か、知ってる?」
花冠を贈るようゴルダに助言したのは、ロレッタなのだという。
「よく見かける」
「知らないんだね」
苦笑するロレッタに、舌を出して応える。山野に慣れ親しんでいるから、多くの草花を見知ってはいるものの、詳しいのは野草ばかりで、花のことにはとんと疎いのである。
「じゃあ、花言葉も知らないだろうから、あたしが教えてあげる」
ゴルダは、マリーの頭に、そっと花冠を載せる。
「花言葉は──」
ロレッタは、もったいつけるように間をおいて。
花冠を載せたマリーは、頬を朱に染めながら、恥ずかしそうに目を閉じて、ゴルダに触れるだけの口づけをして──皆の喝采の鳴りやまぬ中、ロレッタは甘やかにささやく。
「──変わらぬ愛」
「盗賊」完/次話「乙女」
Lúnasa「Meitheamh」を聴きながら。




