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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第9話 盗賊

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5

「フィーリ、盗賊の死体、中に入れておいて」

 部屋に死体を残しておけば、盗賊に発見された際に、すぐに侵入者を警戒されてしまう。部屋に誰もいないというのも、異常事態には変わりないかもしれないが、そのまま死体を残しておくよりかは、いくらか警戒の度合いは低くなるであろう、と思う。

「道理はわかりますが、同意はしたくありませんね」

 フィーリは露骨に嫌そうな声で──それはそうであろう──不平をもらす。

「事が片づいたら、すぐに捨てさせていただきますからね」

 とはいえ、道理はわかるというだけのことはあって、フィーリは不満ながらも盗賊の死体を呑み込んでいく。


 女たちを連れて、部屋を出る。盗賊の気配を探りながら、気配の薄い方、より薄い方へと歩みを進める。やがて、居館の端までたどりつき、奥まった部屋の扉を開く。のぞいてみると、部屋の隅には雑多なものが積みあがっており──どうやら使用されていない倉庫のようで、見るかぎり盗賊の寄りついた形跡はない。女たちに部屋に入るよううながす。


「フィーリ、服を持ってる?」

 女たちの大半は服を着ておらず、裸である。裸でないものもいないわけではないが、身に着けているものは欲望のままに破られており、もはや服の体をなしていない。逃げる際には、森を行くことになる。裸で森を突っ切るのは難儀であろうから、とフィーリに服を求める。

「呑み込んだ盗賊どもの身ぐるみをはがしてよければ」

「それでお願い」

 服を取り出して、女たちに配る。盗賊どものものを身に着けることには抵抗があるようであったが、逃げのびるために必要であると説明して、納得してもらう。


「マリー」

 呼んで、マリーに──彼女以外の女たちは、精も根も尽き果てたといった様子で、へたり込んでいる──諭すように語りかける。

「私が外に出たら、部屋の隅のものを動かして、扉をふさいで。そして、私か、私の仲間──黒鉄かロレッタがくるまでは、絶対に扉を開けないで」

 脅えるように何度も頷くマリーを残して──私は部屋の外に出る。



「ロレッタ、聞こえる?」

 不可視の糸を手に取り、一部を口のあたりに、一部を耳のあたりにあてて、話しかける。

「──聞こえてるよ」

 と、ロレッタの声が返る。想像していたよりも明瞭で、おお、と驚きの声をあげてしまう。

「さすがは魔法使い」

「それほどでも」

 謙遜の声は、いくらか浮かれた調子を帯びている。

「で、マリオンはどこにいるの?」

「さらわれた女性たちを追って、盗賊の根城に」

「ま、そんなところだろうと思ったよ」

 私の蛮勇に、ロレッタは苦笑で返す。

「あたしたちは、村で負傷者の救護に手を貸して、そこからマリオンを追いかけてるところ。もうすぐ追いつけると思う」

 長髭の足が遅いのよ、と続けるロレッタの後ろで、黒鉄は抗議の声をあげている。

「砦に近づいたら、一度知らせて。それまでに、準備しておくから」


 もうすぐ黒鉄とロレッタが到着するというのであれば、二人が侵入しやすいように、まずは見張りを片づける必要がある。

 盗賊の気配を探りながら、誰とも会わぬように砦内を進み、鎧戸の開け放たれた窓から外に出で、居館の屋根にのぼる。居館は、山腹の勾配の高いところに位置しており、屋根からは塁壁に張り出した櫓と──櫓に立つ見張りの姿まで見下ろすことができる。

 見張りに向けて、狙いをさだめて、矢を放つ。頭蓋を撃ち抜かれた見張りは、自らの死に気づくことさえできずに、声もなく崩れ落ちる。櫓には、見張りの詰所につながると思しき梯子が見える。交代する見張りに死体をみつけられて騒ぎとなっては手落ちであろう。屋根から屋根へと音もなく駆けて櫓までたどりつき、息を殺して階下の様子をうかがう。

 おそらく──三人。階下には、三人の見張りがいる。旅神の弓を構えて飛び込んで、三人ともに矢を放てば、事は終わる。しかし、三人のうち、一人でも女が──さらわれた女がいたとしたら、どうであろう。撃ち損じの許されぬ状況で、正確に盗賊だけを射殺すことができるという確証もない。それならば、と女の救出を優先して、堂々と下りることに決める。


 梯子を飛びおりて、詰所を見渡す。階下の三人は、すべて男──盗賊のようで、とらわれた女はおらず、ひとまず安堵の胸をなでおろす。

「何だ、貴様」

 男たちは、見張りの交代を待つ間、賭け事に興じていたようで──正面の小男が、不意に現れた私を認めて、賽を転がす格好のまま、声をあげる。小男の声を無視して、周囲に目をやる。詰所は薄暗く、狭い。疾風のブーツを用いて駆けることは難しそうである、と判断して──弓を手にして、ゆるり、と男たちに近づく。


「おいおい、女だ! 女だぞ!」

 見張りの控えであろうに、ずいぶんと酔っ払った男──酔漢が、私を指して口を開く。

「見張りを押しつけられて、女はお預けだと思ってたのに、女の方からきてくれるなんてよ!」

 夢みたいだ、と喜びの声をあげて、酔漢は私に近づこうと腰をあげる。

「おい、油断するな」

 と、小男が止めに入る。

「そいつ、ただの小娘じゃねえぞ」

 最後の一人、小男によく似た顔の──しかし、小男よりも図体の大きい男の声が続く。

「何を言ってんだ──」

 酔漢は振り返って、二人の忠告を笑い飛ばして──自らの額から生えた矢じりを認めると同時に、絶命して倒れる。

「兄貴」

 小男が、大男に呼びかける。

「二人で、やるぞ」

 大男と小男──口振りからすると兄弟なのであろう、二人は油断なく間合いを詰めて──どうやら盗賊団には似つかわしくない手練れのようで、小娘相手にご苦労なことである、と溜息をつく。


 間合いを詰められては、弓では不利になる。フィーリに弓を預けて、竜鱗の短剣を抜く。応えるように、大男も腰背部に交差するように差した二刀を抜く。片刃の曲刀は、その巨躯に比すると短く、大男の膂力であれば、二刀を操るのもたやすいであろうと思わせる。

「挟むぞ」

 大男の一言だけで仕掛けを察したようで、小男は私の背後にまわる。腰から短刀を──こちらも二刀を抜き、向かいあう大男と対称になるように構える。前に二刀、後ろに二刀──武器の長さこそ違えど、あわせて四刀となる兄弟の連携をどうさばいたものか、と思いあぐねる。


 最初に動いたのは小男だった。背後から右短刀を突き出して──私は振り返ることなく、右に身をかわす。次いで、そう避けることを見越していたかのように──実際のところ、そう誘導されているのであろう──大男が左曲刀を振りおろして、私はそれを竜鱗の短剣でいなす。さらには、小男の左短刀が、私の胴を薙ぐように襲う。大男の振りおろした左曲刀に遮られて、避けることができずに、私は宙に舞ってかわして──そこで、攻防は行き詰まる。宙に舞った私には逃げ場はなく──大男は止めの右曲刀を横薙ぎに振るう。宙にあっては、その一撃をかわすことはできず──大男は勝ち誇るように、にたり、と笑って、曲刀を振り抜く。


 私はその一撃を左手で──竜革の手袋で、むんずとつかみとる。


「──な」

 大男の顔が驚愕に歪む。竜革の手袋であるから、斬られることはあるまい、と多少の打撃は覚悟の上での防御であったのだが、竜革には衝撃を吸収するような効果でもあるのだろうか、振り抜かれる曲刀をつかむ左手に、ほとんど痛みはない。曲刀をつかむ左手で身を支えるようにして──曲刀に身を預けても揺るがないのだから、さすがの膂力である──疾風のごとく蹴りを放ち、大男の側頭部を蹴り飛ばす。男は吹き飛ばされて、壁に身を打ちつけて──見れば、首はあらぬ方向に曲がっている。

「兄貴!」

 兄の絶命を目にして、小男は怒りをあらわにする。

「貴様!」

 吼えて、再び小男が襲いくる。左右に身を振りながら、さらには短刀を奇妙に揺らして、幻惑を誘う動きで迫りくる。私はそれを泰然と待ち受けて、蛇のように迫る両短刀を──やはり、むんずと無造作につかむ。あっけにとられる小男の腹を、疾風のごとく蹴りあげる。小男は吹き飛ばされて、天井に身を打ちつけて──内臓でも破裂したものか、血を吐きながら、床に落ちる。



「ロレッタ、聞こえる?」

 すべての見張りを片づけて、再びロレッタに呼びかける。

「──聞こえてるよ。あたしたちは、砦の近くに着いたところ」

 話しながら、梯子をのぼって櫓に出て、周囲を見渡す──と、木陰に隠れて様子をうかがうロレッタの姿が目に入る。迂闊な。私が見張りであったなら、みつかっているではないか。黒鉄は櫓から見えない位置に隠れているというのに。いつか身のこなしの基礎から叩き込んでやらねばなるまい、と決意する。

「私の方は、見張りの櫓を制圧したところ」

 告げると、ロレッタは櫓に目を向けて──どうやら向こうもこちらに気づいたようで、手を振る私に、彼女は小さく手を振り返す。

「見張りは片づけたから、安心して近づいて。ただ、砦門にも門番がいるかもしれないから、油断はしないで」

「あいよ」

 助言にぞんざいに答えて、ロレッタは後ろの黒鉄に、よろしくね、と荒事を押しつける。

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