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盗賊は山中にわけ入って──やがて、樹々に埋もれるようにして建つ、古びた砦にたどりつく。
「このようなところに、砦があったとは」
フィーリも知らないところをみると、公には知られていない、隠し砦のようなものであったのかもしれない。砦は──いや、廃砦は山腹の勾配をそのままに、奇怪な形状で建っており、土色の塁壁もあいまって、まるで山の一部であるかのように山肌になじんでいる。遠目には砦と気づかぬほどの擬態で、盗賊の根城とするにふさわしい隠し砦である。
先頭を行く盗賊が、塁壁から張り出した櫓の見張りに合図を送り、砦門が開かれる。私たちは、砦の盗賊に引き渡されて、迷路のように入り組んだ通路を、右に左に折れながら、砦の奥へと連れられて──やがて、古くは食糧庫であったと思しき地下にたどりついて、さらわれた女たちは、まとめて部屋に押し込められる。その部屋の女の数たるや、数十はくだらない。アジェテの村の女だけではない。近隣の村々も襲われている。フィーリの忠告に従って、盗賊の根城までついてきて、正解である。
「あんた、そんなにきれいだと、ひどい目にあうよ」
言って、女が私の手を取る。年の頃なら三十くらいであろうか、美しくはあるものの、いくらかとうの立った女で、顔には殴られたような痣がある。
「そんな、きれいだなんて」
言われ慣れぬ賛辞に照れる私の顔に──女は泥を塗りたくる。
「ほら、あんたも」
次いで、隣のマリーにも。
「少しでも汚くしておかないと、連れていかれちまうよ」
女の憂慮は、すぐに現実のものとなる。
「新しい女はどこだ?」
粗野な声をあげながら、でっぷりと太った男──肥大漢が上階から下りてきて、好色そうな視線を隠そうともせず、女たちの品定めを始める。
「お前と、お前と──よし、お前もこい!」
肥大漢は、若い娘が好みのようで、年端もいかぬ少女ばかりを選りわける。
「お前ら、顔を見せろ」
次いで、肥大漢は私とマリーの顎をつかんで、自らに向ける。
「──よし、お前らもこい。顔はふいておけ」
どうやら肥大漢の性的な嗜好に合致したようで──まったくうれしくはない──私とマリーも、先ほどの少女たちと同様に選りわけられる。男は、自らの淫らな欲求を抑えられないようで、私たちに舐めるような視線を這わせて──正視に耐えられず、思わず顔をそむける。
「そんな年端もいかない子を連れていくもんじゃないよ! 連れていくなら、あたしを連れていきな!」
と、先ほどの女が、肥大漢に食ってかかる。見れば、女の膝は震えていて──ありったけの勇気を振りしぼって、私たちをかばおうとしているのだとわかる。顔の痣からすると、盗賊に逆らうのは、初めてのことではないのかもしれず──殴られても、なお立ち向かうとは、並のものにできることではない、と女に好感を抱く。
「また、お前か。誰がてめえみたいな婆さんを抱くってんだ」
肥大漢は、嘲るように笑って、女を殴り飛ばさんと拳を振りあげて──私は彼女をかばうように間に割って入る。
「殴らないでください。ついていきますから」
言って──すぐにでも蹴り飛ばしたいという欲求を、ぐっとこらえて──上目で肥大漢をみつめる。男は、すがるような私の視線に、嗜虐心を満たされたようで、拳をおろす。
「素直な嬢ちゃんを見習いな」
ふん、と鼻息も荒く言い捨てて──肥大漢は少女たちを連れて部屋を出る。
「ほら、入んな」
肥大漢に連れられて、上階の奥まった一室にたどりつき、うながされて扉を開く──と、男女のからみあう汗と精の入り混じった匂いが鼻をついて、息が詰まりそうになる。部屋に響くのは嬌声──ではない。いたるところで、女たちは拒絶の声をあげて、絶望を撒き散らしており、思わず耳をふさぎたくなる。私だって、辺境の女である。賊に襲われた女がどうなるかということくらい心得ている。つもりだった。
「マリオン」
フィーリの声が遠く聞こえる。女たちを蹂躙する盗賊どもに対する怒りが、視界を赤く塗り潰していく。
「マリオン、落ち着いて」
再度のフィーリの声に──いかん、と深呼吸をする。怒りに身を任せては、女たちに犠牲が出るやもしれぬ。私は、皆を助けるために、この場にいるのである、と気を引きしめて──努めて平静をたもって周囲を見渡す。
「フィーリ、灯りを消せる?」
「小さい灯りならば」
部屋は広い。盗賊どもをどうにかするにしても、一瞬で、というわけにはいかない。もたもたする間に、女たちを人質にとられてしまうことを案じて──まずは、灯りを消すのが先決であると判断する。
「お前の相手は俺だ」
別の女を抱いていた禿頭の男が、マリーに目をつけて抱き寄せる。
「──いや」
マリーの懇願するような拒絶に、男は舌舐めずりで応える。
「この嬢ちゃんは、俺のだからな」
肥大漢は、他の男にとられぬように牽制の声をあげて、私の手を引く。お前に選ばれても、まったくうれしくはない。
「嬢ちゃん、初めてか?」
下卑た笑みを浮かべて、肥大漢は私の肩を抱き──乳房をつかむ。
私はその汚らしい手を払いのけて──瞬間、疾風のごとく肥大漢の背後にまわる。フィーリから取り出した旅神の弓を構えて、部屋の灯りに向けて矢を放ち──撃ち抜かれた灯りは、粉々に砕かれて飛び散る。
「フィーリ」
命ずると、飛び散った灯りは瞬時に消えて──部屋は闇に包まれる。
「おい、何だ、どうした!」
部屋のあちらこちらから、盗賊どもの困惑の声があがる。
部屋の状況は、すべて覚えている。
竜鱗の短剣を抜きかけて──ふと思いとどまる。女たちに盗賊どもの汚らしい血を浴びせたくはない。両の指の関節を鳴らして、肥大漢に背後から飛びかかり、その頭を両手で抱いて──頸椎をねじる。男は力なく倒れ伏し、巨体で地を揺らす。頸椎を折ることで、身体を麻痺させて──損傷の具合によっては、呼吸さえもできなくなり、やがて静かに死に至る。
「どうした! 誰か、答えろ!」
肥大漢の倒れた音に、禿頭の男と思しき声が飛ぶ。しかし、その声に答えるものはいない。疾風のごとく駆けて、手近なところから順に、盗賊どもの首をねじり折っていく。人の命を奪うのだから──しかも素手で──さぞ罪悪感にさいなまれることであろうと思っていたのだが、盗賊どもの鬼畜の所業が頭にこびりついているからか、それほど良心がとがめることもない。すべての盗賊をねじり殺して、私は呼吸を整える。
組み敷かれていた女たちも、遅ればせながら異変を感じとったものか、部屋のあちらこちらでざわめき始める。
「みんな、落ち着いて。声をあげないで」
小さな声で言って、私は部屋の中央に立つ。フィーリに声をかけて、惨状が女たちの目に入らぬよう、かすかな灯りで顔のあたりを照らしてもらう。
「マリオン──さん?」
薄明りに浮かびあがる私の顔を認めて、マリーがつぶやく。
「そう、私はマリオン。マリーの知り合いで──巡察使でもある」
言って、女たちが少しでも安心できるなら、とフィーリから取り出した巡察使の証たる指輪を掲げる。
「みんな、助けにきたよ」




