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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第9話 盗賊

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3

 アジェテの村は、惨憺たる有様だった。


 家々には火が放たれて、村は赤く染まり、どこからか子どもの泣き声が響いている。燃え盛る家屋の前で悲嘆にくれるものたちは、家財が失われたことを嘆いているのであろうか、それとも屋内に取り残されたものでもいるのであろうか──もしも取り残されたものがいるのであれば、その生存は絶望的であろう、と思う。

 村の唯一の通りには、死体が折り重なるように転がっている。斬り殺されたもの、射殺されたもの──死体の傷は一様ではなく、どうやら大勢に襲われたようで──盗賊の類の襲撃であろう、と当たりをつける。


 通りを駆け抜けて、酒場までたどりつく。幸いにして──と言うのも不謹慎であろうか──酒場は燃えておらず、店内では年配の女たちが負傷者の手当てをしている。負傷者は、斬られて間もないと思しきものたちで、まだ息はあるものの、それほど時を待たずに死を迎えるであろうほど、その傷は深い──と、負傷者に見知った少年──ゴルダをみつけて、慌てて駆け寄る。

「ちょっと、大丈夫!?」

 呼びかけるが、ゴルダの反応はない。

「フィーリ!」

 旅具から傷薬を取り出して口に含み、ゴルダの傷に吹きかける。次いで、彼の口を開き、残りの傷薬を無理やりに流し込む──と、ゴルダは薄く目を開き、私に向けて、震える手を伸ばす。

「マリーを──」

 ゴルダは息もたえだえにマリーの名を呼び──そして、続く言葉を発することなく、意識を失う。

「──助けるよ」

 マリーを助けて、きっとそう続いたであろう言葉を受け取って、ゴルダの手を握る。自らの身よりも、マリーを案ずるとは。ロレッタの言うとおり、ゴルダはマリーをからかっていたのではなかった。彼女への愛に嘘偽りはなく──それ故にゴルダの惨状が胸を打つ。

「ゴルダをお願い!」

 彼を治療している年かさの老婆に、追加の傷薬を三つ渡して、酒場を飛び出す。


 村の広場に近づいて、ようやく盗賊の姿をとらえる。その数──十数人程度であろうか。思ったよりも少なく、乱戦となっても、私一人で何とかできるくらいの数である。

 盗賊は、広場を挟んで、村の男たちと対峙している。どうやら戦端はいまだ開かれておらず、間に合った、と安堵して──そのまま盗賊たちの背に向けて駆けていく。


 疾風のごとく駆けて──飛ぶ。


 盗賊の頭上を──十数人を飛び越えて、今にもぶつからんとしている前線に降り立つ。盗賊の振りおろした剣を竜鱗の短剣で止めて、酒場の主人の振りおろした手斧を──突然現れた私を新手の賊だとでも思ったのであろう──竜革の手袋で止めて、叫ぶ。

「村人は下がって!」

 呼びかけるが、何が起こったのかわからぬようで、村人の反応は鈍い。それに比して──さすがというべきか──盗賊の応戦はすばやい。私を敵とみなすや否や、遠間の賊が矢を放つ。眼前の敵を疾風のごとく蹴り飛ばして、そのまま竜鱗の短剣を頭上に放り、飛来する矢に相対して──遅い──そのまま矢をつかみとる。

「──嘘だろ」

 呆然とつぶやく盗賊をよそに、つかんだ矢を放り、代わりに落ちてきた竜鱗の短剣を手に取って──そのまま腰に戻して、賊と間合いをとる。

 私が割って入って応戦したことで、盗賊が警戒したものか、前線が開いている。私の前には、盗賊しかいない──それならば、とフィーリから旅神の弓を取り出して、天高く矢を放つ。

『降り注げ!』

 命ずると、無数の雨のごとき矢が降り注ぎ──盗賊はなすすべもなく倒れていく。


「みんな、大丈夫?」

 息のある盗賊に止めの矢を放ち、あらかたの生き残りを片づけて、村人に向き直る。

「マリオン、さん?」

 酒場の主人は、ようやく私に気づいたようで──目の前の盗賊が倒れたことに安心したものか、握りしめていた手斧を取り落とす。

「私は──私たちは、大丈夫、みたいです」

 見れば、戦っていた男たちは切傷こそ多いものの、死に至るほどの重傷のものはいないようで──念のため、とフィーリから取り出した傷薬をいくつか渡す。


「──女性は?」

 気づいて、声をあげる。生き残りに、若い女たちの姿が見えない。

「──娘が! マリーが!」

 安堵もつかの間、酒場の主人は、娘の不在に気づいて、狂乱の声をあげる。男たちと盗賊とが戦っている間に、女のみが消えたとなると──別で動いていた盗賊にさらわれたのだ、と思い至って、慌てて駆け出す。



 盗賊の足跡を追って、疾風のごとく──森に入って、いくらか速度を落として、木々を縫うように駆ける。蹄の跡を見るに、撤収する賊は、どうやら馬に乗っている──とはいえ、あわせて轍の跡も残っていることから、荷馬車を守るように移動しているようで、追いつけないことはないであろう、と思う。

 いくらか開けた獣道に出て、速度をあげる──と、前を行く荷馬車の姿をとらえる。荷馬車は二台。一台には、食料や、わずかながらの金目のものであろうか、村から略奪したであろう雑多なものが載せられており、もう一台には──いた。村の女たちが乗せられている。

 女たちを取り戻すには、荷馬車のみを止めて、盗賊と引き離すのが手っ取り早かろう、と弓を構える。彼女らには申し訳ないが、荷車の車輪を打ち砕き──もちろん、荷台から振り落とされたものたちは私が助ける──荷馬車のみを停めようと狙いをさだめる──と、そのとき。

「マリオン」

 お待ちを、とフィーリが遮る。

「数があいません。すでにさらわれてしまったものたちがいるようです」


 そうなると、話は変わってくる。

 目の前の盗賊を掃討して、荷馬車の女たちを助けたとしても、先にさらわれてしまったものたちは戻らない。彼女らすべてを助けるには、盗賊の根城に乗り込まなければならないということになる。

 侵入できないとは思わない──とはいえ、いくら潜行に自信があるとしても、盗賊団に手練れがいたとすれば、気づかれないともかぎらない。もしも侵入に気づかれるようなことになれば、すでにとらえられている女たちは、害されてしまうかもしれないのである。危険を冒すことはできない。


「あいつらに招き入れてもらうとしよう」

 つぶやいて、狙いを変える。もう一つの荷馬車──村からの略奪品で満載の荷馬車に向けて、旅神の矢を放って、荷車の車輪を打ち砕く。

「おい、どうした!」

 荷馬車は止まり、異変に気づいた盗賊たちが慌てて駆け寄る。


 盗賊の注意がそれた隙に、女たちの乗る荷馬車に潜り込む。

 女たちは肩を寄せあって、やがて自らの身に訪れるであろう絶望を悲観して、一様にすすり泣いている──いや、違う。一人だけ慟哭する女がいる。私はにじり寄って、彼女の隣に腰をおろす。

「マリー」

「──マリオン、さん?」

 声をかけると、こちらに気づいたようで──マリーはいくらか声をおさえて、しゃくりあげるように泣きながら、私にしがみつく。

「どうしよう、ゴルダが、ゴルダが──」

 盗賊にさらわれているのだから、自らがどういう扱いを受けることになるのか、わからないわけではないだろうに──それでもゴルダの身を案じているなんて、そんなの相思相愛ではないか──と、引き裂かれた二人を痛ましく思う。

「マリー」

 優しく呼んで──マリーの頭を胸に抱いて、髪をなでる。繰り返しなでると、いくらか落ち着いてきたようで、嗚咽は次第に小さくなっていく。

「ゴルダは、マリーを助けようとしたんでしょ?」

 問うと、彼女は胸の中で、小さく頷く。

「命に代えても、マリーを守ろうとした」

 何度も、何度も頷く。

「だったら、マリーもあきらめないで。必ず──ゴルダに代わって、必ずマリーのことを助けてみせるから」

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