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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第8話 廃坑

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8

 黒竜の住処からイベルトスまで戻るのは、難儀なことだった。


 黒竜の背に乗せてもらえるのならば、街までひとっ飛びなのではないか──旅神の弓で脅せば乗せてもらえるのではないか、とも思ったのだが。

『矮小な人間ごときを背に乗せるなど、ありえぬ』

 脅しには屈せぬ、と黒竜に否定されて、やむなくあきらめて──結局、ロレッタの糸を頼りに、一日かけて坑道を戻り、何とか街まで帰り着いたというわけである。まったく、潔癖の竜にも困ったものである。


 イベルトスに戻ってからの黒鉄は、精力的だった。街に数軒ある鍛冶屋と革細工屋に乗り込んで、金にものを言わせて、それぞれの工房の一画を借り受ける約束を取りつけて──以降、私たちを寄せつけることなく、一心不乱に作業に打ち込んだ。


 黒鉄が鍛冶と革細工に精を出している間──暇を持て余した私とロレッタは、イベルトスの周辺を旅してまわった。

 国の支配の及ばぬ北方は、騎士団の庇護も及ばないからであろう、魔物も多く、イベルトスの他には集落のほとんどない、寂しい土地だった。それでいて、凍てつく大地は、人の手の触れない美しさにあふれていて──凛と張り詰めた空気に、心洗われる思いさえする。

 しきりに、早く帰ろう、と急かすロレッタの声を聞き流して、街に戻る前に、とリムステッラの最北を目指す。


 絶景だった。


 最北の国境から望む霊峰は、遥か彼方にあるはずだというのに、容易にたどりつけそうに思えるほど──手を伸ばせば届きそうに思えるほどに雄大で、厳かに世界を睥睨している。


「フィーリは、霊峰にのぼったことあるの?」

 彼方に見惚れながら、フィーリに尋ねる。

「最北の霊峰は、世界の果ての一つとも呼ばれております。のぼってみたいとは思っておりますが、そうそうたどりつけるところではございませんよ」

「そうなんだ」

「そうですよ」

 フィーリの言葉に、ふうん、とつぶやいて──フィーリでさえたどりついたことのない場所がある、ということを意外に思う。フィーリに未踏の地があるということは、裏を返せば、私であってもフィーリを未知の世界に連れていってあげることができるということであり──それはとてもすばらしいことのように思えた。



「遅い!」

 イベルトスに戻った私たちを出迎えたのは、腕組みして待ち構えていた黒鉄だった。

「こい!」

 はやる黒鉄に連れられて、私たちは「放埓な旅人亭」に向かう。酒場は、あいもかわらず放埓な旅人どもであふれており、昼間から酒におぼれた輩は、例外なくロレッタの尻に手を伸ばし──学習することなく床に転がる。酔客の群れをかきわけて、奥まった席に陣取って、腰をおろす。


「まったく、古竜の素材は、おそろしく手強かったぞ」

 苦労したわい、と黒鉄は続ける。黒鉄ほどの鍛冶師をして、そこまで言わしめるのだから、よほどのものであったのだろう。

「旅神の矢を様々に変形させたものを用いておらなんだら、おそらく太刀打ちできんかったであろう」

 黒鉄には、旅神の矢を変形させて、その矢じりを大きくしたもの、鋭くしたもの、小さく針のごとくしたものなど、様々なものを預けていた。黒竜の助言あればこその発想であろうから、かの竜にも感謝しなければなるまい。


「まず、竜革の──いや、古竜革と呼ぶべきかの──鎧が二着」

 ほれ、と黒鉄は私とロレッタに革鎧を差し出す。

「あたしのもあんの?」

「当然じゃ。皆で得たのだから、皆でわける」

「やった!」

 言って、ロレッタは受け取った竜革の鎧を掲げて、うっとりと眺める。

「失くすなよ。竜革の鎧など、いくらになるものか、想像もつかんわい。何より、二度と手に入らんだろうからの」

「もう脱がない」

 ロレッタは竜革の鎧を身に着けて、革鎧の上から自らを抱くように腕を交差する。


「マリオンには、竜革の手袋と、竜鱗の短剣もある」

 言って、黒鉄は手袋と短剣をテーブルに並べる。竜革の手袋は、手触りもよく、鎧よりもなめらかで、身に着けてみても、指の動きを妨げるようなことはない。

「竜革の手袋には、要所に竜鱗を縫い込んでおる。おぬしの腕なら、剣を止めることもできよう」

 黒鉄の言うとおり、手袋にはところどころ──関節の動きを妨げない箇所に、硬いものが縫い込まれている。古竜の鱗を斬ることのできるものなどいないであろうから、いざというときには手首で剣を払うこともできる。戦い方の幅も広がる。

「ありがと。気に入ったよ」

 さっそく両手とも手袋を身に着けて、黒鉄に礼を述べる


 次いで、竜鱗の短剣に目をやる。短剣は、どうやら竜鱗をそのまま剣となしているようで、刃も柄も、黒竜のごとく闇よりも暗く──見た目には、とても短剣とは思えない。しかし、実際に手に取ってみると、その印象はくつがえる。短剣の柄は握りやすいように加工されており、まるで身体の一部であるかのように手になじんで──斬る、突く、どのような動作でも違和感はなく、見事に重心が調整されている。

「竜鱗の短剣は──すまん、切れ味については、今のおぬしの短剣とさほど変わらん。旅神の矢を用いて研いではみたものの、今以上に鋭くするのは難しくての。その代わり、竜鱗の短剣であれば、どのような使い方をしようとも、まず折れることはあるまい」

 今のものと同じ切れ味で、絶対に折れない短剣──すばらしい。短剣として優れているのはもちろんのこと、絶対に折れないとなれば、戦いの場にかぎらず、いろいろな用途を思いつく。

「さすがは黒鉄。短剣も申し分ない」

 言って、竜鱗の短剣を腰に差して、今までの短剣をフィーリに収める。

「マリオンの短剣、いいなあ」

 言って、ロレッタが羨望の眼差しを向ける。

「おぬし、魔法使いじゃろ。短剣なんぞ、使わんだろうに」

「いざというときの護身用に──」

「いざというときこそ、魔法を使え」

 確かに。黒鉄の指摘に、ロレッタは、ぐう、と音をあげて苦笑する。


「儂は、竜鱗を鎧に使わせてもらった──といっても、さすがに竜鱗を鍛造することはできんかったからの。もとの鎧を補強するように竜鱗を用いたまでじゃ」

 言って、自らの鎧のうち、黒い箇所を叩いてみせる。鎧の要所──つまるところ急所を補強するように用いられた竜鱗は、黒鉄が叩くたびに、硬質的で、それでいて澄んだ音色を響かせる。

 竜鱗の鎧と魔鋼の盾──その過剰とも思える防具を眺めながら、はたして黒鉄を傷つけられるものなど、この世に存在するのであろうか、と思いをめぐらせる。


「黒鉄の故郷って、どこにあるの?」

 武具の仕上がりを祝って、皆で酒を飲みながら──私は花の酒を舐めながら、黒鉄に尋ねる。

「話したことは──なかったか」

 思案するように視線をさまよわせて、黒鉄がつぶやく。黒鉄の故郷については、その名乗りのときから過去を捨てたような口ぶりであったこともあって、尋ねたこともなかった。

「西じゃ。リムステッラの西、エルラフィデスのさらに西の山脈にドワーフの国があっての──その国の外れの田舎に、儂の故郷がある」

 言って、酒場に射し込む西日を、まぶしそうに見やる。


「黒鉄は、魔鋼を故郷に持ち帰るために、旅を続けてたんでしょ?」

「そうじゃな」

「時間はかかるにしても、魔鋼は手に入るわけだし、故郷に戻らなくていいの?」

「──そうじゃな。いずれは戻りたいと思っておる」

 歯切れわるく返す。

 黒鉄は、魔鋼を得ることを、自らの悲願であると語っていた。その悲願をはたした──いや、はたせる目処がたったのである。たとえ一報のみであったとしても、すぐにでも故郷に戻って知らせたいであろうに、いずれは戻りたい、などと──何とも水臭い。

「じゃあ、今から行こうよ」

 私、西に行ってみたい、と気軽に告げると、黒鉄はしばしあっけにとられて、やがて髭面の奥であきれるように苦笑して──私はそれを承諾の意思と受け取る。ロレッタに至っては、行き先など関係なくフィーリについてくるのだから、当然のことながら否やはない。

「じゃあ、決まりだね」

 私たちは、互いに顔を見あわせて。


「西へ──」

 言って、私たちは酒杯を掲げて、互いに強く打ちあわせた。

「廃坑」完/次話「盗賊」

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