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『我が住処で何をしておる』
地の底から響くような竜の声を聞いて、私は絶句した。竜語など解するはずもないというのに、その意味するところが腑に落ちる。神代の言葉──目の前の存在が、伯爵──真祖と同様の神ごときものであることを理解して、必死の覚悟で身構える。
「黒き竜、それも神代より生きるものとなれば──黒竜イグル・アルム・ドゥルク?」
フィーリは思いあたるところがあるようで、竜の名を告げてみせる。
「知り合い?」
「いえ、面識はございません」
一縷の望みをかけて尋ねるが、すげなく否定される。役立たず。
「黒鉄! ロレッタ!」
呼びかけながら足を踏み出して──真祖に相対したときは震えて動かなかった脚が、かろうじて動くことに気づく。目の前の黒竜が真祖よりも格下であるからか、はたまた真祖の神気を浴びたことによる慣れか、理由は判然としないが、考えるよりも先に疾風のごとく駆け出す。
黒鉄は魔鋼の盾を構えて微動だにしない──というよりも、黒竜の気配に圧倒されて動けないのであろう。盾を構えられるだけ、さすがというものである。一方、ロレッタは腰が抜けたようで、尻もちをついて呆けている。歴戦の勇士であっても、黒竜の前で立っていられるものなど、ほとんどいないであろうから、荒事の苦手な魔法使いであるロレッタに至っては、さもありなん、というものである。震える彼女を抱きあげて、黒鉄のもとに駆け寄る。
『何人たりとも、我が住処を汚すことは許さぬ』
告げて、黒竜は大きく息を吸い込んで──咆哮が放たれる、と直感して、黒鉄とロレッタをかばうように抱いて、真祖の外套で覆う──瞬間、轟音とともに大地を揺るがす衝撃が襲う。伝説に謳われる──万の軍勢を焼き尽くした──黒竜の咆哮。古竜の炎をも防ぐと豪語した真祖の言葉を信じて、外套に隠れて耐え忍ぶ。
やがて、轟音が鳴りやんで──隠れていた真祖の外套から顔を出す。
眼前に広がる光景は異様だった。私たちのいる場所のみを残して、大地は広範にえぐられて焼け焦げており、地底湖は沸騰して気泡を発している。自らの住処であるからには、破壊し尽くしてしまわぬように、手心くらいは加えてくれるだろうと思っていたのだが──それでもこの有様である。
『ほう』
咆哮を生き延びた我々を認めて、黒竜は獰猛な笑みを浮かべる。
『久々の獲物は活きがよい』
愉悦するように言って、黒竜は私たちを逃がさぬよう翼を広げて、威嚇するように近づいてくる。
「やるしかあるまい」
決意するようにつぶやいて、黒鉄は私たちに声をかける。
「儂が前に出る。ぬしらは援護を頼む」
言って、古代の斧と魔鋼の盾を構えて。
「おおお!」
自らを鼓舞するように吼えて、黒鉄が駆け出す。
「──待って!」
呼びとめるが、遅い。黒鉄は黒竜の脚に古代の斧を振りおろし──ウェルダラムの悪魔さえ斬り裂くはずの一撃を弾き返されて、愕然とする。次いで、まわり込むように死角から現れた尻尾に打たれて──盾で防いではいる──吹き飛ばされて、岩壁に叩きつけられる。黒鉄であれば大丈夫。のはずである。と信じたい。
『爆炎よ!』
ロレッタは、黒竜に向けて両手を突き出して、力ある言葉を唱える。放たれた爆炎は、いつぞやのものよりも強大で、黒竜の巨体をも呑み込む。爆炎にまぎれるようにして、私は旅神の弓で矢を放つ。一呼吸に三射。普段であれば感じるはずの手応えはない。
ロレッタの炎は、一見すると黒竜を燃やしているように見えるものの、実際にはその表面に堆積した塵芥のみを燃やしており、黒竜自身に傷はない──しかし、旅神の弓は違う。私の放った矢は、黒竜にとってはかすり傷にもあたらないようなものであったかもしれないが、それでも三射ともその鱗を穿っている。旅神の弓の力を解放すれば、相手が黒竜であっても、より深い傷を負わせることができるかもしれない、と勝機を見出して。
『大きくあれ』
唱えて、旅神の弓を黒竜に向けて、矢をつがえる。
『待て、何というものを我に向けておる』
と、黒竜が慌てるように声をあげる。その声音もそうであるが、黒竜は目に見えてうろたえており、先ほどまでの威厳ある神代の竜の姿はない。
『それは、星を穿つものではないか』




