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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第8話 廃坑

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5

「竜──というより、飛竜かの」

 空を行き交う影を見あげながら、黒鉄がつぶやく。確かに、奇怪な鳴き声を発して飛ぶ影は、物語に描かれる竜に比すると、いくらか小ぶりなように思える。


「二人とも、見てよ! すっごくきれい!」

 言って、ロレッタが手招きする。彼女にうながされるまま、地底湖のほとりに立つ。頭上の裂け目から射し込む陽光に照らされて、湖面は涼やかに青い。見れば、湖はそらおそろしくなる深さだというのに、その底までを見透すことができるほどに澄んでいて──あまりにも幻想的な光景に言葉を失う。

「きれいだよね! 飲めるのかな?」

 無邪気に問いかけるロレッタの言葉に──はっと息をのむ。

 美しい地底湖。その水質が良好であるとすれば、空を行く飛竜の水場となっているのではないか。そう思い至り、頭上を見あげると、ちょうど一頭の飛竜が湖めがけて舞い降りてきて──途中で私たちに気づいたようで、威嚇するように奇声を発する。


 私は瞬時に旅神の弓を構えて、狙いをさだめて矢を放つ。矢はあやまたずに飛竜の頭蓋を射抜いて、奴は体勢を崩して湖に落ちる。

「隠れて!」

 言って、自らも急いで岩陰に隠れる。

 飛竜は同胞の異変に気づいたようで、群れをなすように集まり始める。その数たるや、数十はくだらない──数が多すぎる。私が一度に狙えるのは三頭まで。下から上を狙うのでは、降り注ぐように撃つこともできぬ。


「ロレッタ、飛竜に糸をからめて、地に落とすことはできないかな?」

「荒事は苦手なんだよなあ」

 言いながらも、ロレッタは指で宙に絵を描くようにして、魔法の構成を検討する。

「糸は張れると思うけど、あたしの力じゃ、飛竜を地に落とすどころか、あたしの方が空を飛ぶことになりかねないよ」

 見あげる飛竜の威容におののきながら、ロレッタは弱音を吐く。

「そこのところは、儂に任せておけい!」

 ロレッタの背中を叩いて、黒鉄は不敵に笑う。


『魔糸よ』

 唱えると、ロレッタの足もとから無数の糸が生まれ出でて、洞穴の岩肌を這う。

『隠』

 次いで、糸は消える。飛竜のうち数頭が、岩陰に隠れる私たちに気づいたようで、群れをなして降下を始める。

『鋼!』

 ロレッタの言葉とともに、空に続く洞穴をふさぐように、鋼の蜘蛛の巣が現れる。見事なものだった。見あげる洞穴は、飛竜が自在に飛べるほどに大きなものだというのに、彼女は瞬時に魔法の糸を編みあげて、鋼の障壁をつくり出したのである。もしかすると、時折フィーリが口にする「稀代の魔法使い」という評も、あながち世辞ではないのかもしれないと思い始める。

『斬!』

 糸は刃と化す。我々めがけて降下する飛竜の群れは、眼前に現れた蜘蛛の巣状の刃に身体を斬られて──しかし、それでもなお、その勢いを緩めない。蜘蛛の巣を突き破らんと迫り、やがてロレッタは糸ごと引きずられ始める。

「助けて!」

「任せい!」

 吠えて、黒鉄はロレッタの前に立って、糸を束ねて握り、飛竜と引き合いを始める。初っ端、飛竜に引きずられたとみえた黒鉄は、足を踏ん張って止まったかと思うと、信じられぬことに束ねた糸を手繰り寄せていき──刃と化した糸で、その身をさらに深く斬り刻まれて、飛竜の群れは地に落ちる。まさか、飛竜の猛進を、綱引きで凌駕してみせようとは。驚くのを通り越して、あきれてしまう。

 黒鉄は糸を放り出して、次いで斧を振りかざして駆け出して、地に落ちてのたうちまわる数頭の飛竜に止めを刺してまわる。同族の惨状を目にして、難を逃れた他の飛竜は脅えるように高く舞って──やがて天の裂け目より外界に向けて去っていく。


「びっくりしたあ」

 言って、ロレッタはその場にへたり込む。

「荒事もいけるではないか」

 黒鉄は、褒めているつもりなのであろう、ロレッタの赤毛を、くしゃりとなでる。ロレッタはといえば、抵抗する気力もないようで、されるがままに髪を乱されている。

「ちょっと休憩させて」

 肩で息をするロレッタは、そのまま横たわり目を閉じる。


 飛竜に戻る気配はない。しばらくの間であれば、問題ないであろうと判断して──ロレッタの疲れが癒えるまで、ひとまず休憩をとることにする。

「儂は、少しこのあたりを掘ってみるかの」

「フィーリ」

 呼んで、事前に旅具に預けていた採掘道具を取り出して、黒鉄に渡す。

 黒鉄は、岩肌をなでながら、採掘に適した箇所を探して歩き──私は、地に落ちた飛竜の死骸に向きあう。

「飛竜って、食べられるの?」

 胸もとの旅具に尋ねる。

「飛竜は、竜とは呼ばれておりますが、厳密には竜種ではありません。竜のように血が毒を持っているということもありませんので、食べることはできるはずです」

 おいしいかどうかは存じません、とフィーリが結ぶ。

「なるほど」

 そういうことであれば、食べない理由もない。ものは試しに、と飛竜の解体を始める。動物の解体と同様に、まずは血を抜き、内臓を取り出し、皮をはぎ、肉を部位ごとに切りわけていく。飛竜の肉は、普段狩る動物にくらべると、さすがに硬くはあるものの、解体できないほど、というわけでもない──とはいえ、食べるとなると、いかがなものであろう、と弾力のある肉を指で押しながら考える。

「やわらかくできる?」

 フィーリに尋ねる。

「低温で熟成すれば、おそらくやわらかくなるかと思います」

 お任せを、と答えて、フィーリは飛竜のもろもろを自らの内に保存する。


「そっちはどう?」

 飛竜の解体を終えて、黒鉄に声をかける。解体にはそれなりの時間を要したというのに、黒鉄に採掘を終えた様子はない。見れば、掘り出した鉱石を割って、含有物を確認しており──それを、後ろからロレッタが興味深そうにのぞき込んでいる。

「その、光ってるところが魔鉱?」

「うむ、わずかに魔鉱が含まれておる──が、この程度では精製しても、ほとんど残らんな」

 外れじゃ、と黒鉄は嘆息をもらしながらぼやく。当分の間、採掘は終わりそうもない。


 場所を移して再び採掘を始める黒鉄をよそに、私は地底湖を眺めながら洞窟を散策する。洞窟は思ったよりも深く、そして広い。進むにつれて、洞窟の岩肌はなだらかに──というよりも、なめらかになっていく。まるで、巨大なものが這った跡のようにも思えて、どこか落ち着かない──と、不意に足が止まる。頭では先に進もうと思っているというのに、身体は頑として言うことを聞かない。

「二人とも、気をつけて!」

 後方の二人に向けて叫んで、洞窟の奥の深い闇に向きあう。

「──何かくる!」

 言うと同時に、深い闇より、地響きとともに現れたのは──闇よりもなお暗き、巨大な竜だった。

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