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「おお! マリオン! ようやく追いついたか!」
私の顔を認めて、懐かしささえ感じるがなり声をあげながら、黒鉄が立ちあがる。
自由都市イベルトスに着いて、道行く人に、もっとも活気のある酒場はどこか、と尋ねただけであるというのに──黒鉄はすぐにみつかった。
酒場──「放埓な旅人亭」は、その名のとおりの無法地帯だった。まったく、その客層のひどさといったら。黒鉄の席にたどりつくまでの間に、男たちは例外なくロレッタに向けて口笛を吹き、卑猥な誘いを持ちかけ、しまいには身体に触れようと手を伸ばして──ロレッタの尻に触れようとした男たちは、彼女の糸にとらえられて、苦悶しながら床に転がる。
「黒鉄、久しぶり!」
「おう、変わりないようじゃな」
言って、黒鉄は髭面の奥に満面の笑みを浮かべる。私との再会を心から喜んでいることが伝わって、うれしいやら、恥ずかしいやら。
「ほら、ロレッタも、こっちにおいでよ」
黒鉄の笑顔に正面から向きあうのが気恥ずかしくて、照れ隠しのように後ろのロレッタに声をかける。
「なんじゃ、この長耳は、ぬしの連れか?」
「ねえ、この長髭が、マリオンの相棒なの?」
二人は互いに顔を見あわせて──次いで、同時に尋ねる。
「長耳はロレッタ。フィーリの弟子の魔法使い。長髭は黒鉄。腐れ縁の──保護者みたいなものかな」
それぞれの出会いからを説明するのも面倒で、簡潔に済ませる。
黒鉄は、値踏みするようにロレッタを見すえて──やがて、口を開く。
「ロレッタ、おぬし──」
と、黒鉄は酒杯を飲みほす仕草を見せて。
「──いける口か?」
「もちろん!」
言って、ロレッタも酒杯を飲みほす仕草を返す。
「おい! エールを二つ持ってきてくれい!」
「適当に料理も持ってきて!」
給仕をつかまえて、二人してまくしたてる。こいつら、初対面とは思えぬほどに、息ぴったりである。
「私、エールは飲まないよ」
黒鉄に言いながら、向かいの椅子の腰をおろす。
「知っとる。一つは儂が飲む」
言って、黒鉄は手もとのエールを一息に飲みほして空にする。
「乾杯!」
声をそろえて、酒杯を打ちつける。私は花の酒を舐めるように飲み、二人はエールをあおるように飲みほして。
「おかわり!」
声をそろえて、給仕に向けて酒杯を掲げる。
「それにしても、少し会わぬうちに巡察使とはのう」
出世したではないか、と黒鉄は笑う。
「もうその話はいいよ」
王都でのあれこれを話し終えて、次は黒鉄のことを聞きたいというのに、彼はからかうように「巡察使殿」と繰り返し呼びかけて──酔っ払いの戯言に、いくらか辟易する。
「黒鉄は、何でイベルトスの鉱山を目指してたの?」
私の話はいいから、と遮って、黒鉄に問いかける。
「ふむ──竜の話は知っておるか?」
質問に返ってきたのは、さらなる質問だった。
「戦争と竜の話?」
ロレッタから聞いたばかりの話を思い起こして答える。
「知っておるなら、話は早いの」
空となった酒杯や皿を片づけさせて、黒鉄は自らの盾をテーブルに載せる。
「盾の素材を、儂らドワーフは『魔鋼』と呼んでおる」
盾──魔鋼の盾は、酒場の灯りを受けて、鈍く光る。私は知っている。盾は、オーガの一撃をも受け止め、悪魔の炎さえ防いでみせたことを。
「魔鋼の原料となる魔鉱石は、その産出する場所、条件ともに、長いこと不明とされておってな。それを解き明かしたのが──と、儂は信じておる──儂の祖先というわけじゃ」
黒鉄は誇らしげに語って──次いで、テーブルに身を乗り出して、私たちにも顔を寄せるようにうながす。
「──魔鉱石は、竜の住処から産出される」
黒鉄は、声をひそめて、ささやくように告げる。
「正直なところ、その理由はよくはわかっておらん──が、既存の魔鉱石の来歴を鑑みるに、竜の住処から産出されるというのは、誤りではないようでな。儂の祖先は、竜とともに長い時を過ごした鉄が、その性質を変じて魔鉱となるのであろう、と考えたようじゃ」
乗り出していた身を戻して、黒鉄は椅子に腰をおろす。
「儂は、魔鉱石を得て、魔鋼となし、それを故郷の一族に持ち帰る──そのために旅を続けておるというわけじゃ」
言い終えて、黒鉄は手もとの酒杯を飲みほす。
「なるほど。それで、イベルトスの竜の住処を探してるってこと」
ふうん、と頷いて、ロレッタは酒杯を傾ける。
「イベルトス近郊の山々のどこかに住処があるんじゃろうと思うて、それらしい洞窟を探して方々をうろついてみたんじゃが、どこもかしこも廃坑だらけでな。念のため、と廃坑も探索しておるんじゃが、住処の手がかりすらみつからんわい」
そもそも廃坑の数が多すぎる、と黒鉄はぼやく。
「ロレッタの魔法なら、何とかなるんじゃない?」
「まったく手がかりなしでは、ちょっと厳しいかな。範囲をしぼってもらえれば、力になれるとは思うけど」
話を振ってみるものの、失せもの探しのロレッタは、自信なさげに返す。
「しかし、当てがあるわけでもないからのう」
途方に暮れる黒鉄に──。
「──あ!」
ロレッタは何かを思いついたようで、不意に声をあげる。
「もしかしたら、力になれるかも!」
言って、テーブルに身を乗り出して。
「昔、親父に聞いたことあるんだよ。過去の出来事を知りたいのなら、まず本にあたる。本が無理なら、次に──」
と、もったいぶるように間をおいて。
「──歌にあたる、って」




