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「暗殺者は、この中にいる!」
広間に集められた──集めるように、私がウルスラに頼んだ──関係者を前にして、私は宣言する。事前に趣旨を伝えられていたウルスラだけは、お姉さまったら、と微笑ましく見守ってくれているものの、オルティをはじめとする三人の護衛騎士、そして栗毛と黒髪の二人の侍女は、困惑の色を隠せないようで、いぶかしげな目を向ける。
「どういうことですか、マリオン殿?」
皆を代表するように尋ねるオルティに。
「一度言ってみたかったの」
素直なところを返す。
「ここから先は、私が話しましょう」
私に任せていては埒があかないであろうから、とフィーリが口を開く。不意に発せられた声に、皆は声の主を探す。
「巡察使に与えられた魔法だとでも思って、気にせず聞いてもらってもいいかな」
言って、ウルスラを見やる。私の胸もとから発する声の主についても、ウルスラには事前に伝えてある。主の泰然とした様を見て、従者たちも異を唱えることなく、旅具の言葉に耳を傾ける。
「今朝、執事のホレス殿の死体が自室で発見された件について、彼が殺された理由は明言いたしかねますが、犯人を明らかにすることはできます」
断言するフィーリに、皆が息をのむ。
「昨晩は、ウルスラお嬢様がマリオンを連れて自室に戻った後、執事であるホレス殿は広間の片づけをしてから自室に戻った」
そうですね、と問う旅具に、オルティが首肯する。
「そして、ホレス殿は今朝になって死体で発見された。つまり、彼は昨晩の間に自室で殺されたということになる。しかし、それでは辻褄があわない。なぜなら、マリオンは、その隣の部屋で、朝まで熟睡していたのですから」
「何がおかしいというのですか?」
フィーリの発言にも慣れてきたものか、オルティが疑問の声をあげる。
「隣の部屋で人が殺されたというのなら、それがどんな手練れの暗殺者によるものであれ、マリオンは必ず目覚めたであろうということです」
明言するフィーリとは裏腹に、ウルスラ以外のものは、半信半疑といった様子で互いに顔を見あわせる。
「皆さまはマリオンの結界のごとき知覚をご存知ないでしょうから、ひとまずはホレス殿が殺されたのは昨晩ではない──すでに殺されており、死体が部屋に遺棄されていた、と仮定してみてください。遊びのようなものです。仮定が正しいと考えてみると、おかしなことがありますよね」
フィーリに遊びのようなものと言われて思考が柔軟になったものか、オルティが思案顔で口を開く。
「昨晩より以前にホレス殿が殺されていたというのはおかしいですよ。我々は自室に戻るまでのホレス殿を見ております。マリオン殿だって、ホレス殿と広間で話しておられたではないですか」
おっしゃるとおり。確かに私は、館に迎え入れられた際に、執事のホレスに会っている。オルティの言によれば、その後の執事の動向も確認されており、その頃すでに死んでいたとするフィーリの論は成立しないように思われる。
「そうです。しかし、あくまで仮定が正しい、と考えてみてください。仮定が正しいと考えてみると、それはホレス殿ではないということになります。なぜなら、彼はすでに自室で死んでいたというのが前提なのですから」
「──何ものかがホレス殿になりすましていたということですか?」
フィーリの誘導するとおりに、オルティは答えを導き出す。旅具は、我が意を得たり、と続ける。
「ホレス殿の死体の右手首には、黒子がありました。しかし、初日に広間で茶を渡してくれたホレス殿の右手首には、黒子はありませんでした」
言われてみれば、確かに初日の執事の手首には、青白い血管の印象はあれども、黒子は見当たらなかったように思う。フィーリのやつ、気づいていたなら先に教えてくれればよいものを。
「そういった事実を鑑みるに、マリオンが隣室での殺人を見逃して眠りこけていたというよりは、誰かにそっくりになりすますほどの技術が──魔法かもしれませんが──あるということの方が、まだ確からしいように思えます」
フィーリが推論を述べるも、皆に納得する様子はない。それもそうであろう。思える、だけでは納得するはずもない。皆の理解を得るには、明確に犯人を指し示す証拠が必要なのである。
「では、誰がホレス殿になりすましていたのか。猛吹雪で隔離されているのだから、外部からの侵入者ではない。内部のものだとすれば──偽物のホレス殿が現れていたときに、その場にいなかったのは誰なのか」
皆を答えに誘導しながらも、しかしフィーリは誰とは名指しをしない。
「では、マリオン」
フィーリにうながされて、皆を壁際に誘導して、自らは部屋の中央に陣取る。
「ウルスラは、こっちにおいで」
言って、ウルスラのみを呼び寄せて、背後にかばうようにして前に立つ。大きく息を吸い込んで、次いで壁際の皆に視線を向ける。
今から目の前のものを狩る。そう意識して、殺気をぶつける。
突然の殺気に、オルティは目にも留まらぬ速さで剣を抜いて、私に向けて構える。残る二人の騎士も、剣の柄に手をあてて、いつでも抜ける体勢で、鋭い視線を私に向ける。
一方で、栗毛の侍女は、何が起こったのかもわからぬ様子で、不意に剣を抜いたオルティに脅えるような視線を向ける。
栗毛の侍女の隣で、同じく脅えるように視線をさまよわせる侍女──黒髪の侍女に向けて、私は挑むように口を開く。
「自分でも、失敗したって思ってるでしょ?」
私の問いに、彼女は何のことやらわからないというように、首を傾げてみせる。
「騎士たちは、私の殺気を感じとって、剣を抜いた」
私の言に、オルティはウルスラの御前であることを思い出したようで、慌てて剣を納める。
「私の殺気を感じとることのできなかった、そちらの彼女は──」
と、栗毛の侍女を指して。
「──オルティの剣に脅える様子を見せた」
私の言に、彼女は何度も頷いてみせる。
「でも、あなただけ──騎士のように殺気を感じとっておきながら、栗毛の彼女のように気づいていない振りをした」
私の指摘に、黒髪の侍女は呆然と立ち尽くす。殺気の不意打ちに、わずかに身構えるように反応した瞬間を見逃さなかったからこその指摘であるが、そうでなければ私の勘違いではなかろうかと騙されてしまうほどの、大した演技である。
「こやつが……?」
つぶやいて、オルティは黒髪の侍女の顔をのぞき込む。
「巡察使様、お戯れが過ぎます!」
オルティにまで疑いの目を向けられて、黒髪の侍女は涙ながらに潔白を訴える。事実無根の言いがかりであるとオルティに詰め寄り──瞬間、私は疾風のごとく飛び出して──オルティを蹴り飛ばす。ブーツの力を直に受けて、彼は壁まで吹き飛ばされて、したたかに身を打ちつけて悶絶する──が、死ぬよりはましであろう。数瞬前までオルティの首のあった位置を、鋭利な短剣が薙ぐ。
短剣の主──黒髪の侍女は、忌々しそうに舌打ちをしながら、私をねめつける。その視線を真っ向から受け止めて、私は彼女に告げる。
「私の前で、人を殺せるなんて、思わないことだね」




