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女の甲高い叫び声で目を覚ます。
「何でしょう」
「あやしい気配は感じてないんだけどな」
フィーリの言葉に答えるようにつぶやいて、ベッドから身を起こす。感覚からすると早朝。ぬくぬくと惰眠をむさぼりたいという願望を押し殺して、肌着の上から真祖の外套をはおる。寝ぼけまなこのウルスラに、ベッドから出ないように言い含めて、部屋を出る。
「マリオン殿!」
ちょうど隣の部屋から出てきたオルティが、こちらに気づいて声をあげる──が、真祖の外套からのぞく私の肌着を目にして、慌てて顔をそむける。そういうのはいいから。
「どうしたの?」
「執事のホレス殿が──」
オルティは、ごくり、と喉を鳴らす。
「──殺されております」
廊下には、侍女が二人、身を寄せあって震えている。泣きじゃくる栗毛の侍女を、黒髪の侍女がなぐさめるように抱いている。泣いている栗毛の侍女が、朝になっても一向に現れぬ執事の様子を確かめるために部屋を訪れて、死体を発見したということらしい。
「暗殺者が、ここまで追いかけてきたのかもしれません」
オルティは、不安な様子を隠そうともせず、苦い顔でつぶやく。
「私の代わりに、お嬢様の警護を。あと、その不安そうな顔やめて」
言って、オルティと入れ替わるようにして隣の部屋に入る。
部屋に敷かれた豪奢な絨毯の真ん中に、執事が横たわっている。喉を鋭く斬り裂かれており、一目で死因はそれとわかる──にもかかわらず、とても殺されたとは思えぬほどに安らかな死顔で──もしかすると当人もそうと気づかぬうちに殺されてしまったのかもしれないとさえ思わせる。
部屋に争った形跡はなく、執事の身体にも喉以外に傷はない。死体の手をとって爪の先を見ても、相手を引っかいたというような、抵抗した形跡すらなく──殺しは達人の手によるものであろう、と当たりをつける。
「執事の右手を見せてもらえますか?」
フィーリの声に応えて、旅具に見えるように、執事の右手を持ちあげる。上着の袖がまくれて、手首のあたりに、小さな黒子がのぞく。
「ありがとうございます」
何が見たかったのやらわからぬが、旅具の礼に、執事の手をおろす。
死体から離れて、窓に近寄る。窓は、外が吹雪であるからであろう、鎧戸まで固く閉じられている。雪が降り込んだ形跡はないのだから、窓は開かれていないのであろう。オルティの言うような外からの侵入者がいたとしても、窓からということはないように思う──とはいえ、どこか別のところから侵入したという可能性は否めない。ウルスラの部屋に戻り、オルティを追い出して、着替えを済ませる。部屋の前で神妙な顔で待っていたオルティに、念のため館の周囲を見てまわると告げて、ウルスラの警護を頼んで外に出る。
「外からの侵入はない。と思う」
昨日と変わらぬ猛吹雪の中、館の周囲をぐるりとまわる。外部からの侵入を裏づけるようなものが残ってはいないかと探索するが、私が歩いた跡さえ、しばらくすると白く埋め尽くされてしまうのだから、痕跡などみつかろうはずもない──とはいえ、この猛吹雪である。私であればこそ、真祖の外套と疾風のブーツのおかげで、苦もなく歩くことができるものの、それ以外のものが吹雪を乗り越えて館に侵入できるとも思えない。
「執事を殺したのが暗殺者だとするなら、奴は吹雪の前から館の中にいるんだと思う」
玄関で身体に積もった雪を払い落としながら、つぶやく。
「同感です」
確信めいた旅具の同意に、もしかして、と問いかける。
「フィーリは、誰が犯人か、わかるの?」
「わかりますよ」
旅具は平然と答える。
「なぜ殺されたのかは明言できませんが、誰が殺したのかはわかります」
「ほう」
普段、知性が足りないだの何だのと罵られていることは腹立たしく思うが、こういうときばかりは旅具の知恵が頼りになる。
「いみじくも、隣の部屋で人が殺されたことに気づかないはずがない、と言っていたではありませんか。そこから順に推理すればよいのです」




