6 (イラスト:ロレッタ)
「何で街のごろつきを捕まえる程度の仕事に、団長が出張ってくるんですか?」
「マリオンの巡察使の初仕事と聞いたもんでな。飛んできたよ」
言って、団長は威勢よく笑う。リムステッラの騎士団長は暇なのだろうか、と国の行末に一抹の不安を覚える。
胴元を含めて、賭場に従事していたものたちは、すべて捕縛された。不正の証拠であるいかさま賽に加えて、人々を奴隷のように縛っていた金銭貸借証書もそろっていては、言い逃れのしようもない。そもそも、無許可の賭場の運営は、それだけで厳しく罰せられるらしく、罪人たちは自らに下される罰を悲観したものか、一様に暗い顔で引ったてられていく。
「いかさま賭博で難民に借金を負わせて、奴隷のように扱うとはな」
団長は、あきれたようにつぶやく。
「リムステッラでは、建国の折から奴隷売買は固く禁じられておる。王のお膝元で、そのような暴挙に出る輩がおるとは、けしからん」
言って、団長は、よくやった、と私の背中を叩く。
「巡察使マリオン、いかさま賭博を暴き、難民を救う!」
高らかに口上のように述べて、出だしは上々ではないか、と笑う。
「しかし──」
と、団長の笑みが歪む。嫌な予感を覚えて、慌てて耳をふさぐ──しかし、そこは敵もさるもの、歴戦の騎士というだけあって、耳をふさがんと伸ばした私の手をつかみとり、無防備な耳に向けて、大声でがなりたてる。
「王太后陛下の命を何と心得る! 早く出立せんか!」
団長に怒鳴りつけられて数日──それでもなお私は王立図書館に通っていたのだが、会うたびに、先生、先生と迫るロレッタのせいで──おかげで、ともいう──自然、私の足は図書館から遠のき、無事に王都を旅立つに至った。
「ようやく出立できましたね」
旅具が嫌味たらしくこぼすが、王都に長居しすぎた自覚はあるので、反論はしない。代わりに旅具を指で弾く。
王都から北に──黒鉄が向かったであろう鉱山地帯を目指して北に向かい、街道から外れた小さな村の酒場で、村民に混じって酒を飲む。雑多な人々で賑わう酒場も嫌いではないが、村のものだけで日々の糧に感謝するような落ち着いた酒場も、また異なる趣があって、心地よい。
「フィーリ先生!」
突然、酒場の安らぎを打ち破ったのは、よくとおるロレッタの声だった。
「何で!?」
驚きのあまり、飲んでいた花の酒を、いくらか吹き出す。
ロレッタがフィーリを追いかけてくることは予想していた。予想していたからこそ、その追跡を振り切るように疾風のブーツの力を駆使して、かつ痕跡を残さぬよう、また残した痕跡もできるかぎり消しながら移動したというのに。
「あ!」
まさか、と自らの身体をまさぐる──と、かすかに指先が不可視の糸に触れる。それと知らなければ、私でさえ気づかないほどに存在の希薄な糸が、私とロレッタをつないでいる。
「魔力の糸を薄く細く伸ばしてさ、隠蔽の魔法をかけてみたんだ」
薄く、かつ途切れないように糸を伸ばし続けるのは大変だったよ、とロレッタは誇らしげに種を明かす。
「すばらしい成長です」
やはりロレッタには魔法の才がありますね、と師が弟子にするように、旅具はロレッタを褒めそやす。
「フィーリが魔法を教えるから!」
「大爆発を起こしたわけでなし、よいではないですか」
応用力もすばらしい、と賛辞を繰り返し、旅具は聞く耳を持たない。
「旅は道連れ、と申します。同行するものがいれば心強くもありますし、道中も楽しいものとなるはずですよ」
ロレッタのことは嫌いではない。旅の道連れについても否やはないのであるが、ロレッタにかぎって言えば、先生、先生、と寝所や厠にもついてきそうで、若干の忌避感があるのも否めない。
「姉ちゃん、魔法使いなのかい?」
私たちの会話を聞きつけて、隣で飲んでいた男が、ロレッタに声をかける。
「見習いだけどね」
私にそう名乗ったときよりも、いくらか誇らしげにロレッタが返す。
「へえ! 魔法使いなんて初めて見るよ。何ができるんだい?」
「そうだねえ──」
ロレッタは考えるようにつぶやいて。
「──失せもの探しなら、できると思うよ!」
やがて、目を輝かせて、力強く主張する。
「そんならよ、さっき匙を落としちまったんだ。探してくんねえか?」
みつからなくてよ、と男がぼやく。そのくらいならば自分で探せとも思うのだが、見れば男はしたたかに酔っ払っているようで──それほど酩酊しているのであれば、みつからないのも無理はない。
「任せて!」
答えて、ロレッタが何やら唱える──と、私の足もとを、名状しがたい何かの気配が通り抜ける。
「今の何?」
「ロレッタの足もとから、蜘蛛の巣のように魔力の糸が広がっています。酒場中に糸を広げて、糸に触れるものすべてを感知しているのでしょう」
見事なものです、とフィーリが感嘆の声をあげる。
「あったよ!」
やがて、落としものを感知したようで、壁際のテーブルの下から──どうやってあんなところに落としたのであろう──ロレッタは匙を拾いあげる。
「おお! 姉ちゃん、ほんとに魔法使いなんだな!」
「一杯奢らせてくれよ!」
「うちの家でも失せものを探してもらえねえか? かかあが櫛を失くしちまってよ」
俺のせいにされて困ってんだ、と別の男が嘆く。
「任せといて!」
奢られた酒を飲みながら、ロレッタは次々と失せもの探しを請け合う。
ロレッタは、自由を得て、思うままに生きている。借金という鎖から放たれて、魔法という翼で羽ばたく様を、私も心から喜ばしく思う──とはいえ、旅の道連れとなると話は別である。村民と酒を酌み交わすロレッタを残して、一足先に宿へと向かう。
村に宿は一軒しかない。ロレッタも同じ宿に泊まるのだろうな、と考えながら、肌着でベッドに潜り込む。明日は誰よりも早く起きよう。日が昇るよりも早く起きて、ロレッタの追跡を出し抜くことを心に誓って──私は眠りに落ちるのだった。
ロレッタのイメージ(DALL·E 3生成画像)
「ハーフエルフ」完/次話「暗殺」




