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種を明かすと、こういうことである。
「マリオンには、貴族の令嬢を演じてもらいます」
「無理じゃない?」
「やるのです」
旅具は気軽に無茶を言う。
「金を持っていて、賭け事が弱そう──つまり、よい獲物だと思われればよいのです」
狩る側の意識を希薄にするということであれば慣れたものであるが、獲物になりきるというのは、ついぞ経験がない。狩人の前を警戒なくうろつく鹿の気分とは、いったいどのようなものであろうか。
「蛇目では、古来より、重心を偏らせて一定の目の出やすい賽をつくり、それを用いて投げ手を負かすといういかさまが横行しておりました」
言って、フィーリが二つの賽を取り出す。うながされるままに振ってみると、賽は何度転がしても蛇目──二の目しか示さない。試しに手の中で転がしてみると、フィーリの言のとおり、重心の偏りを感じる。
「よくできてるねえ」
いかさま賽なんぞ用いられては、どうあがいても勝ちようがない。
「とはいえ、いかさま賽の横行で、胴元が勝ち続けたというわけでもありません。博徒たちは、いかさま賽に対抗して、投げ手の勝ちだけではなく、負けや、それ以外の条件にも賭けられるように、蛇目の規則を改定したのです」
「なるほど。投げ手の負けに賭けることができるなら、投げ手にわるい目を出させる意味もなくなるわけね」
「そのとおりです」
マリオンにしては理解が早い、と旅具は失礼なことを言う。
「おそらく、奴らもいかさま賽を用いているはずです。勝負の際は、投げ手の負けにも賭けることができるという条件を加えるよう交渉してください」
「そんな条件、都合よく追加させてくれるかなあ?」
考えのまわるものであれば、投げ手の負けに賭けることで、いかさま賽が意味をなさなくなることにも気づくはずである。
「追加しても問題ないくらいに、よい獲物だと思われるようにがんばってください」
責任重大ですよ、とフィーリが続ける。
「まずは、普通に蛇目を楽しんでください。勝つ必要はありません。ある程度、勝ったり負けたりを繰り返したところで、奴らはいかさま賽を用いるはずです」
いかさま賽には、重心の偏りがある。私であれば、その偏りを見抜くことができる。
「そこで、投げ手の負けに賭ければいいわけね!」
「違います。そこで大敗してください」
私の浅慮を揶揄するように、旅具は溜息をつく。
「わざと負けて、奴らを油断させるのです。そして、大敗後、再び奴らがいかさま賽を用いたとき、そこで残りの金貨すべてを賭けて──さらに掛け金を釣りあげてください」
見せ金としてならウェルダラムの金貨でよいでしょう、と続ける。
「金貨を積むの? あまり額を増やしたら、向こうは掛け金が出せないってなるんじゃない?」
ウェルダラムの金貨は、それなりの量がある。相手が豪商であるならともかく、いかさま賭博の胴元に、それほどの持ちあわせがあるとも思えない。
「なくてよいのです。そこで借金の証書を出させるのですから」
「──足りない掛け金を補うために、借金の証書を出させるわけね」
なるほど、と手を打つ。
「あとは、投げ手の負けに賭けて、勝負に勝つだけです」
フィーリは簡単そうに言う。そんなにうまくいくものだろうか、と釈然としないまま、自らの役割を反芻する。
「そして、ロレッタ。あなたには、魔力で糸をつくり、それを操る魔法を教えます」
「ありがとうございます!」
礼を述べて、ロレッタは首飾りを抱きしめんと私に近寄り──うっとうしさのあまり、彼女の頭をつかんで押しとどめる。
「その魔法で、賭場の中に糸を張りめぐらせて、いつでも奴らを拘束できるよう、準備しておくのです」
「先生!」
フィーリの説明に疑問を抱いたものか、ロレッタが声をあげる。
「はい、ロレッタさん」
「糸を張りめぐらせる途中で、奴らに気づかれてしまうのではないでしょうか。また、気づかれずに拘束できたとしても、すぐに糸をちぎられて逃げられてしまうのではないでしょうか」
教えを乞うように、ロレッタは疑問を呈する。
「よい質問ですね。ただ、糸を隠蔽する魔法と、あわせて糸を強化する魔法も教えるつもりですから、心配の必要はありませんよ」
フィーリの答えに、なるほど!とロレッタは力強く頷く。
「マリオンが勝っても、奴らは負けを認めないでしょうから、拘束して官憲に突き出してしまいましょう」
フィーリの提案を受けて、巡察使の権限で事前に衛兵を手配して、合図をきっかけに賭場に突入してもらう手はずを整えて──私たちは、決戦の日を迎える。




