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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第6話 ハーフエルフ

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4

 王都の門を出て、ロレッタに案内されるまま、外周の難民街を歩く。外壁に沿って、あばら家の隙間を抜けていくと、やがて外周の一画に隠れるように、他よりもいくらかしっかりとしたつくりの家屋──賭場が見えてくる。


 賭場に近づく前に、自らの見た目を再度確認する。髪を整えて──わざわざ王城に出向いて、いつぞやの侍女に頼み込んだのである──真祖の外套を真紅に染めて、疾風のブーツを脱いで高価な靴に履き替えて──さすがに、これだけ着飾れば、お忍びの貴族の令嬢に見えないこともない。と信じたい。


 見張りだろうか。賭場の前に立っていた厳つい男が、ロレッタの顔を認めて、扉を開く。賭場の中には、いくつかのテーブルが並んでおり、それぞれで博徒たちが賭博に興じている。

「おう、ロレッタ。利子分の返済にでもきたのか?」

 奥のテーブルに座っている髭面の男が、ロレッタの姿を認めて、馴れなれしく声をかける。

「あいつが胴元」

 男には聞こえぬように、ロレッタがささやく。

「俺の女になるって話、考えてくれたか。そうすりゃ借金なんて、ちゃらみたいなもんだぜ」

 言って、男──胴元はロレッタの身体に舐めるような視線を這わせて、卑しい顔で笑う。

「今日は返済じゃない。図書館で会ったお嬢さんが、賭場を楽しんでみたいって言うから、連れてきたの」

 さらりと胴元の提案を無視しながら、ロレッタは私を紹介する。彼女の背中に隠れていた私が前に出ると、胴元は値踏みするように不躾な視線を送る。

「これはこれは、良家のお嬢様ですかな」

 胴元の言葉に、どうやら貴族の子女には見えたらしい、と安堵の胸をなでおろす。


「種銭は、どの程度お持ちで?」

 胴元は卑しくもいきなり金のことを問うてくる。

「金貨なら、たくさん持ってきました」

 言って、テーブルに革袋を置き、口を開いて金貨を──何と王太后より賜った巡察使の支度金である──取り出してみせる。

「十分あるようですな」

 胴元は満足気に頷いて、自らの向かいに腰をおろすよう私にうながす。


「じゃあ、蛇目でもやりますか」

 さも適当に選んだというように、胴元が提案する。しかし、目の前にちらつかせた餌──金貨が確実にほしいとなれば、いかさまで勝つことのできる蛇目を選択するのは必然である。

「蛇目って、どんな賭博なんですか?」

 できるかぎり無邪気を装って尋ねる。

「おいおい、お嬢さん、そこからかよ」

 口振りとは裏腹に、それすら知らない獲物が転がり込んできた喜びを隠せないようで、胴元は口もとに邪な笑みを浮かべる。

「蛇目っていうのは──」

 胴元が拙い説明を始めるが、すでにフィーリから手ほどきを受けているので、従順なふりで頷きながら聞き流す。


 蛇目は、賽を二つ投げて、その出目の合計で勝ち負けを決める賭博である。出目の合計が七、十一であれば投げ手の勝ち、二、三、十二であれば投げ手の負け、それ以外であれば継続となり、次の出目の合計が四、五、六、八、九、十であれば投げ手の勝ち、七であれば投げ手の負け、それ以外であれば再度継続となる。特に、一投目の二の出目は、負けが確定することもあって忌み嫌われており、その見た目が蛇の目玉のようであることから蛇目と呼ばれて──それが賭博の名称にもなっている。


「投げ手が勝ったら、私の勝ちってことですね」

「そうそう。呑み込みが早いねえ」

「でも、それだけじゃつまらないなあ」

 あどけなくつぶやく──と、後ろでロレッタが笑いを噛み殺しているのが伝わる。後で覚えてろよ。

「たまには、投げ手の負けにも賭けてみたいです」

 私の発言を、貴族の気まぐれのようなものと受け取ったのかもしれない。

「──まあ、たまになら」

 いくらか逡巡しながらも、胴元は意外にもすんなりと認めて、私に言質を与える。



 そして、蛇目が始まる。


 遊戯は波乱なく進行する。勝ったり負けたりを繰り返しながら──いや、意外にも私の方に勝ちが多いように思えるほどで、まずはそうやって乗り気にさせるというのが胴元の手なのであろう、と気を引きしめる。


 ある程度の回数を重ねても、胴元に動く気配はない。それならば、と私の方から動く。

「今回は多めに賭けてみます」

 宣言して、金貨の山を無造作に押し出す。額に頓着のないことを示すため、あえて数えるような真似はしない。

 胴元の目は、金貨に釘づけになる。よほど金が好きなものとみえて、胴元は邪な企みをもって、懐から何かを取り出す。目にも留まらぬ早業ではあったが、私の目をごまかすことはできない。

「さ、振ってくれ」

 胴元に渡された賽を、手の中で転がして、感触を確かめる。

「振りますね」

 手に残る微妙な違和感を無視して。

「それ!」

 掛け声とともに、勢いよく賽を転がす。賽は、いくらか奇妙な軌道を描いて転がり、やがて蛇のごとき目を見せる──出目は二。投げ手の負けである。

「はっは、蛇目だな」

 下卑た笑みを浮かべて、胴元は私の金貨を自らの方に寄せる。

「負けちゃった」

 頬をふくらませて、童女のごとくすねてみせる。金貨への執着は見せない。

「さ、まだ種銭はあるんだ。次に行こうじゃないか」



 再開されてからの遊戯では、明らかに負けることが増える。ここぞというときにかぎって、不自然なまでに蛇目に見舞われるところをみると、胴元は作為を隠す必要もないと判断したのであろう。金に執着のない貴族の小娘を相手に、警戒を解いてもらえたようで、何よりである。


「お嬢さん、だいぶん負けが込んでますが、大丈夫ですかい?」

 胴元は、こちらの懐具合を探るように問いかける。

「遊ぶために持参した金貨ですから、お気になさらず」

 暗に、すべて失っても問題はない、と涼しい顔で返す──が、嘘である。全財産である。まかり間違って、すべてを失うようなことになれば、王太后陛下より賜った支度金を何とする!とか何とか言って、団長に叱責されるであろうことは明白である──ま、そのときはそのときか。

「全部賭けちゃえ」

 言って、残りの金貨をすべて押し出す。

「お嬢さんは、勝負師ですな」

 私のぞんざいな賭け方に、胴元は半ば本心からあきれたように苦笑する。次いで、目線をこちらに向けたまま、テーブルの賽を左手で覆って、懐から取り出した別の賽とすりかえて、何事もなかったかのように私に渡す。

「さ、振ってくれ」

 胴元に渡された賽を、手の中で転がして、感触を確かめる──と、先ほど同じように、手には微妙な違和感が残る。

「ちょっと待って」

 言って、私は賽を置く。

「おいおい、今さら怖気づいたなんて言い出すんじゃねえだろうな。降りるなんて、許されねえぞ」

 胴元は、凄みのある顔で、脅すように私をにらみつける。貴族の令嬢相手に、はしたないこと。

「降りませんよ」

 返して、フィーリからウェルダラムの金貨の詰まった革袋を取り出す。

「今度こそ投げ手が勝ちそうな気がするので、掛け金を増やします」

 テーブルに革袋の中身をぶちまける。山となった金貨は、明らかに胴元の手もとの金貨に倍するほどの量があり──奴は初めてうろたえた顔を見せる。

「ちょっと待ってくれ。うちはお嬢さんとは違うんだ。そんなに金貨を持っちゃいない」

「金貨がないなら、お金以外のものでもいいですよ」

 と、どうでもよさそうに続ける。

 金に頓着する様子のない私に──実際のところ、それほど頓着していないからか──胴元は、落ちている金を拾うようなものとでも思ったのかもしれない。目の前の金貨の山を自らのものにしたいという欲望には抗えなかったようで、賭場の奥に向けて声をあげる。

「おい!」

 手下を呼びつけて、賭場の奥から何やら紙の束を持ってこさせる。どさり、とテーブルに置かれた紙束は、おそらく私たちの求めるもの──借金の証書であろう。

「俺が金を貸した連中の金銭貸借証書だ。額はその金貨の山には及ばんが」

 どうだろうか、と胴元が上目で問う。

 証書を手に取り、興味なさげに目をやる。証書は、賭博による借金とはわからぬよう、胴元が金を貸しつけたという体で作成されており、何と公証人の印まで押してある。つまり、国に認められた借金ということであり、胴元の取り立てに逆らうというのならば、王都の暮らしを捨てるしかあるまい。えげつないことをしやがる。

「額は気にしませんよ。お互い、すべてを賭けているのなら、額の多寡なんて、関係ありませんもの」

 賭け事って、そういうものでしょう、と淑やかに笑ってみせる。私の笑顔に気圧されたものか、胴元が唾液を飲んで、ごくり、と喉を鳴らす──失敗。未熟にも、胴元を狩らんとする気配を、気取られたやもしれぬ。胴元の気が変わらぬうちに、と賽を手に取る。

「では──」

 と、手のひらで賽を転がしながら続ける。


「──()()()()()()()()()()()()()()()


 そんな取り決めがあったことなど、すっかり忘れていたのだろう。

「な──ちょっと」

 待て、と続ける胴元を無視して、私は賽を振る。賽はうねるように転がり、やがて胴元の眼前で目をそろえて止まり──蛇のごとき目で胴元をにらみつける。

「私の勝ちですね」

 宣言して、胴元の賭けた金貨と、本来の目的である金銭貸借証書を奪い、ついでに、今しがた振った賽も、いかさまの証拠として押さえる。

「いかさまだ!」

 言うに事欠いて、いかさまとは。己を棚にあげるにもほどがある。とはいえ、掛け金を釣りあげてから、賭ける先を変えるというのも、賭け事の作法には反するのかもしれない──ま、証書といかさまの証拠さえ手に入れば、気にすることでもなかろう。


「投げ手の負けに賭けるなんて、許されるわけねえだろ!」

「最初に認めてくれたじゃないですかあ」

 と、あどけなく返す。もう演技する必要もないのだが、後ろのロレッタが楽しんでくれているようなので、今しばらく続ける。

「うるせえ!」

 私の演技が、胴元の神経を逆なでしたのであろうか。胴元は激昂して、私に殴りかからんと立ちあがり──そこで初めて、自らの手足が拘束されていることに気づく。

「てめえ、何しやがった!」

 胴元だけではない。今や、私たちをのぞく賭場のすべてものたちが、鋼のごとき糸で拘束されて、その手足の自由を奪われている。

「私は何も」

 答える後ろで、ロレッタが口笛を吹いている。

「貴様ら、ただで済むと思うなよ!」

 私とロレッタが共謀していることに気づいたのであろう。胴元は、射るように私たちをにらみつける──しかし、ただでは済まなかったのは、胴元の方だった。


「貴様ら、全員動くな!」

 賭場の扉が蹴り破られて、衛兵がなだれ込む。

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