8
僕は、今でもたまに、夜空を見あげる。
彼女も同じ星空を見ているのだろうか──それとも、もう異なる世界に旅立ってしまったのだろうか。
「何か飛んでる?」
僕のそんな感傷を知ってか知らでか、級友の緒方慎司が問いかける。
「いや、星がきれいだなと思って」
「大して見えないけど」
緒方は、僕に続いて夜空を見あげて──はて、と首を傾げる。いつかもこんなやりとりがあったような気がして、僕は知らず苦笑する。
僕らは駅前の書店に入る。入るなり、いつものように、二手にわかれて──緒方はカメラ関連の、そして僕はアニメ関連の雑誌の並ぶ棚に向かう。今日は、昼食代を節約して貯めたお金で、久々に雑誌を買うのである。僕は目当ての雑誌を探す──と、いつぞやのように、不敵に笑う魔法使いの少女のイラストが、僕の目に飛び込んでくる──が、実際に異世界ファンタジーを体験してしまった身からすると、マリオンほど不敵ではないな、と思わず苦笑してしまう。
雑誌を手に取って、少女と目を合わせる──と同時に、書棚の向こうの男とも目が合う。駅近くの高校の制服を着たその男は、僕を見て、にやりと笑って──振り返って、仲間と思しき連中に声をかけている。
僕はその笑みに嫌なものを感じる。間違いなく──僕を狩るつもりである。
僕はレジで会計を済ませて。
「ごめん、先に帰るから」
緒方に声をかけて、足早に書店を出る──と同時に、全力で駆け出す。
「おい!」
僕に気づかれていることを悟ったのであろう、不良たちが慌てて書店から飛び出て怒鳴り声をあげる。
「おい! 待て! ふざけんな!」
不良たちは、僕を追いかけながら叫ぶのであるが──古来、待てと言われて待つものなどいない。それに、不良とくれば、タバコはつきものである。喫煙者に長距離走は、さぞきつかろう。
しばしの間、不毛な追いかけっこは続いて。
「おい! 待ってよ!」
ついには、不良の呼びかけは懇願に変わって──僕は思わず吹き出す。僕のおそれていた肉食動物は、草食動物を仕留めることさえできない程度のものたちでしかなかったのである。
僕は通りを駆け抜けて──不良から死角になっている角を折れて、ようやく足を止める。肩で息をしながらも、心は晴れやかで──自然、笑みがこぼれる。草食動物にだって、逃げることくらいはできるのである。
「タケル──何かちょっと変わったな」
休み時間──トイレにでも行ったであろう緒方の席に勝手に陣取ったトールが、僕を見てつぶやく。
「そう?」
「うまく言えないけど、雰囲気? あまり弱そうじゃなくなった」
トールは──いつものことではあるが──面と向かって、失礼なことを言う。つまり、以前の僕には弱そうな雰囲気があったということなのであろう。
「ははあ、不良ってのは、その雰囲気とやらで、獲物を見さだめてるんだなあ」
まったくもって失礼な言ではあるが、納得はできる。確かに、最近はめっきり不良にからまれることもなくなっているのである。
「確かにそうかも。ちょっと動物っぽいよなあ」
言って、トールは笑う。
不良は思ったよりも弱い肉食動物で、僕は以前よりも少し賢くなった草食動物──そう思うと、確かに笑みもこぼれる。
「うお!」
と──突然、トールが椅子から転げ落ちて。
「何でいつもトールは俺の席に座ってるんだ?」
見れば、トイレから戻ったであろう緒方が、トールを背後から蹴りつけている。
「いきなり蹴るかあ?」
トールは悪態をつきながらも、渋々と自分の席──教師のはからいにより、最前列の真ん中の席である──に戻る。
緒方はトールを追い払って席について──何やら思い出したように、引き出しの中をあさり始める。
「──ほら」
やがて、緒方は引き出しから封筒を探し当てて、僕に差し出す。
「──これは?」
「遅くなったけど──約束のブツだ」
僕は首を傾げながら、緒方から封筒を受け取って、中からブツとやらを取り出す。
それは、夜の繁華街を、僕とマリオンが手をつないで歩いている写真である。特に、僕に振り向くマリオンの弾けるような笑顔がすばらしく──僕は気づけば泣いている。
「──宝物にするよ」
涙ながらにそう返す僕に、緒方は寝たふりで応える。
マリオンとは、もう二度と会えないと思っている。それでも、僕は再びマリオンに会ったときに胸を張れるように、勇気ある草食動物として生きていくのである。
マリオンは──勇気の半分は臆病でできている──そう言った。だからこそ、僕は勇者なのだ、と。でも──きっかけをくれたのは、いつもマリオンだった。だから、きっと僕の勇気の残りの半分は──彼女でできている。僕が臆病に、負けたりしないように。
「少年は荒野をめざす」完
ズーカラデル「アニー」を聴きながら。
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作者の趣味全開の続編にまでおつきあいいただき、ありがとうございました!
これで続編も完結です!
最後に! 感想や評価をいただけると、とってもはげみになります!
よろしくお願いします!
※あとがきのようなもの
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