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僕らは駆けて──駐車場に停めておいた黄色い車に乗り込む。黒鉄が後部座席に乗り込んだかどうかというところで、車は急発進する。一瞬、黒鉄が引きずられる形になって──僕は慌てて、ブレーキを、と口にしかけるのであるが──黒鉄は、その剛力でもって、強引に後部座席に乗り込んで、ふん、と鼻を鳴らす。僕にとっては驚きであるが、黒鉄自身は何でもないような顔をしているので、きっと彼にとっては、車に引きずられる程度、些末なことなのであろう、と思う。
車は街から遠ざかるように走り、国道から県道、県道から田舎道に入って──やがて、山道をのぼり始める。
「ロレッタ、そこで停めてくれる?」
「あいよう」
マリオンに頼まれて──ロレッタさんは、山の中腹の展望台──とは名ばかりで、街から程近い、高台のようなものである──の駐車場に車を停める。
「──タケル」
マリオンは助手席から降りて、僕を呼ぶ。黒鉄も、ロレッタさんも、何も言わず──僕は一人、マリオンに続いて、車から降りる。
展望台には、誰もいない。夜のうちであれば、街の灯りを眺めるカップルでもいるのかもしれないが、もう明け方である。目覚め始めた街が、ぽつぽつと灯る。
マリオンは展望台のベンチに腰かけて──僕を手招く。
「タケル──いろいろ、ありがとね」
隣に腰をおろした僕に、マリオンは礼を述べる。
「僕は──大したことはしてないよ」
「さっき、大活躍したと思うけど──でも、そういうことじゃなくて」
僕の謙遜に、マリオンは苦笑しながら続ける。
「肝試しとか、海水浴とか、買い物とか──友だちでいてくれて、ありがと、ってこと」
そういうことなら、と僕は素直にマリオンの感謝を受け取る。友だち止まりなのは、少し残念だけれども。
「私たちね──異界の神様を、もとの世界に還すために、旅をしてるの」
マリオンは、初めて、旅の目的を語ってくれる。
「まずは、泣き虫な男の子を故郷に還すために、ボヘミアってところに行かなきゃいけなかったんだけど──案内人のフィーリとはぐれちゃって」
「だから、はぐれたのはあなた方だと何度も──」
不意に──マリオンの胸もとのペンダントが言葉を発して──それがフィーリであることに気づく。二人きりかと思っていたのに。
マリオンは、言い訳を重ねるフィーリを指先で弾いて。
「無事にフィーリとも再会できたし──私たちは旅立つよ」
マリオンは、強い意思を宿した瞳で、僕にそう告げる。
「これで──お別れ、なのかな?」
僕は、尋ねるまでもなく理解していることを、わざわざ尋ねる。
「最後に還すのは、このあたりに縁のある神様になるから──もしかしたら、また会うこともあるかもね」
マリオンは、僕をなぐさめるつもりであろう、もしもの可能性を語る。
しかし、それはいつになるかもわからぬほど先のもしもの話で──再会など、万に一つの可能性であろう、と思う。
「じゃあ、またね」
それは、いつぞやのように、再会を期す別れである。しかし──僕は、おそらくこれが永遠の別れになるのだと悟って、思わずマリオンに手を伸ばして──そのまま手をおろして、拳を強く握りしめる。そうであるならば──仕方がない。
「うん、またね」
僕のその言葉に、マリオンは少し悲しそうな微笑で返して──僕は、この笑顔を、この夏を、一生忘れることはないだろうと思った。




