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「──ロレッタ」
墜ちてくる赤き星を前に、皆が呆然と立ち尽くす中、マリオンはロレッタさんに呼びかける。それは、彼女らのそばにいる僕であるからこそ聞こえる程度の、ささやくような声である。
「まあ、気は進まないけど──仕方ないね」
ロレッタさんは、渋々というように言いながら、手から無数の糸を放って──それだけではない、いつのまにやら、彼女の燃えるような赤毛は、さらに紅く輝いている。
「ちょ──何、このふざけた魔力量は──」
不意に現れた糸にからめとられたエンティアが、驚愕の声をあげる。
「こんなの、さっきの魔神以上──」
言いかけたところで、さらなる糸に口をふさがれる。
見れば、僕以外のすべてものが、ロレッタさんの糸に拘束されている。特殊部隊はおろか、エンティアをはじめとする稀人まで、手も足も出ない様子で、まったく身動きできないでいる。
糸にからめとられて立ち尽くす彼らの間を、縫うように駆けるものが一人。
「ごめんね」
言って、身動きのできない紅林に近づいて、その額に銃口をあてるのは誰あろう──マリオンである。
「おい、まさか──ここまできて裏切るつもりか!?」
「私の──私たちの目的は、最初から何も変わってない」
迫りくる赤き星を前に、マリオンはそんなものはどうでもよいとでも言うように、紅林から目を離さない。
「あなたは、エンティアの予知で、天体の衝突を知っていた。それなのに──魔神との戦いのことばかりを気にして、天体の衝突にはそこまで不安を感じていなかった──何か策があるんだよね?」
考えてみると──マリオンの指摘は、もっともであろう、と思う。紅林は、魔神の撃退に手を借りたいと頭を下げたというのに──天体の衝突という大問題については、話題にもあげていなかったのである。
「──教えて」
言いながら、マリオンは銃の引き金に指をかける。
「エンティアの予知をもとに手に入れた──魔道具がある」
紅林は、渋々といった様子で、その策について語り出す。
「無限の亜空間を持つと思しき魔道具──それに星を取り込むつもりだった」
紅林の語る策は、稀人の存在以上に荒唐無稽なものである──が、紅林が赤き星を前にしても落ち着いているところを見るに、それは僕が考えるよりも、よほど確実性の高い策なのであろう、と思う。
「私たちの目的は──その魔道具なの」
マリオンはそう告げて──はて、彼女の目的は行方不明の友人を探すことではなかったか、と僕は首を傾げる。
「──どこにある?」
「内ポケットの中だ。煙草と一緒に入ってる」
マリオンの問いに、紅林は観念するように答えて──マリオンは紅林の懐から、何の変哲もない石を取り出す。
「フィーリ!」
と──マリオンは、銃を投げ捨てて、その石に頬ずりする。
「マリオン!」
応えるのは──僕の聞き間違いでなければ──その石である。
「まったく──旅具がはぐれてどうすんの!」
「私の認識では、あなた方が迷子になったのです」
「はあ!?」
フィーリと呼ばれた石は、まるで母親が迷子になったとうそぶく子どものような言い訳をして──マリオンは、今までに聞いたことのないような、怒声でもって返す。
「お前ら、いったいどうするつもりだ!? このままだとお前らも死ぬんだぞ!?」
マリオンとフィーリ──二人の様子を見守っていた紅林は、そのじゃれあうようなやりとりに、やきもきするように怒鳴り声をあげる。
「フィーリ」
マリオンは不敵に笑って、旅具と呼ばれた石に呼びかけて──次の瞬間、彼女の手に握られているのは、古ぼけた弓と矢筒である。
「──弓?」
紅林は呆然とつぶやいて。
「そんな弓で、今にも墜ちてきそうなあの星を、射抜こうっていうのか!?」
マリオンの意図を察したのであろう、驚愕の声をあげる。
「なあ! 考え直してくれ! そんな弓よりも、そっちのフィーリってやつに頼った方が、まだ生き残る可能性があるだろう!?」
紅林の言う、フィーリの機能──無限の亜空間とやらが本当に存在するのであれば、確かに弓なんかに頼るよりは、まだ可能性がありそうに思えるのであるが。
「いいえ──この場合、私に頼るよりも、マリオンに任せるにかぎるのです」
フィーリは、自信たっぷりに、そう返す。
マリオンは、そのフィーリの信頼に応えるように、弓を構えて──今にも墜ちてこんとする赤き星に狙いをさだめる。
「黒鉄──受け止めてくれる?」
「任せておけい」
マリオンの後ろで、黒鉄が腰を落として、両腕を広げる。
「この弓──私の世界で、何て呼ばれてると思う?」
マリオンは振り向いて、僕を──そして、この世界の住人たちを見渡して。
「──星を穿つもの」
言って、マリオンは何やら呪文のようなものを唱えて、矢を放って──その反動で後方に吹き飛んで──それを待ち構えていた黒鉄が受け止める。
放たれた矢は──光だった。光はエンティアの張った結界を貫き、空をも貫き、衛星軌道にまで達して、どこまでも直進する。さらには、魔神の召喚した、赤き星をも貫いて──次の瞬間、光の貫いたものすべてが、轟音とともに爆ぜる。
光の爆ぜた痕は──無だった。
空には、最初から何も存在していなかったかのように、雲も──そして、赤き星もない。空気中の塵すら霧散したのであろう、そこには満天の星空だけが広がっている。
「タケル! 逃げるよ!」
皆が呆然と立ち尽くす中──マリオンだけが変わらない。左手に弓を、そして右手で僕の手を取って、いつものように脱兎のごとく駆け出す。
「おい! 待て!」
紅林は叫ぶのであるが──古来、待てと言われて待つものなどいない。
「大丈夫、大丈夫──後でちゃんと解放するから」
糸による拘束から、何とか逃れようともがく紅林に、ロレッタさんは笑顔で告げて──マリオンに遅れじと、黒鉄と一緒に駆け出す。
「礼くらい──言わせろよ!」
紅林の声が、かすかに背に届く
確かに──魔神を倒し、奴の召喚した赤き星をも打ち砕いたのである。ともすれば、日本を救った英雄扱いされてもおかしくないというのに──マリオンたちときたら、まるでそれがいつものことであるかのように、平然と逃げ出しているのであるからして、まったく驚くばかりである。




