表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
異聞 終話 少年は荒野をめざす

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

305/311

2

 次の日──僕はいてもたってもいられず、再び元ヤクザの事務所を訪れる。昨夜は仕方なかったとしても、一晩経てば何か変わっているかもしれないという、藁にもすがるような思いからである。


 しかし──そこは、すでにもぬけの殻で、マリオンたちの姿はどこにも見当たらない。ということは──昨夜の宣言のとおり、彼女たちは打って出たのであろう。おそらくは、公安警察──紅林のところに。


 僕は、万が一の可能性に賭けて、紅林と出会ったゲームセンターに向かう。平日の午前中、しかも制服姿である。ゲームセンターを探すのは、警察に補導される危険をともなう行為であるが、背に腹は代えられない。僕はゲームセンターをくまなく探し、続いてボーリング場まで──さらにはトイレの個室まで探すのであるが、紅林の姿はどこにもなく──もちろん、マリオンたちの姿も見当たらない。


 僕は、ひとまず紅林を探すのをあきらめて──素直に登校する。すでに昼である。食堂に寄って、うどんでも食べてから、午後の授業中に、これからのことを考えよう、と思う。


 食堂で、景気よく肉うどんを注文して──トールの姿をみつけて、向かいの椅子に腰をおろす。何はともあれ、腹ごしらえである。


「あれ、休みじゃなかったのか──って、何だその顔は?」

「──どんな顔してる?」

 トールに問われて──僕は、そんなにおかしな顔をしているのであろうか、と問い返す。

「初恋の相手に振られた男みたいな顔」

「トールは──意外に見る目がある」

 そのものずばりを言い当てられたわけではないのであるが、それでも意外に的を射ているように思えて──僕は、わざとらしい拍手でもって、賛辞を贈る。

「マリオンちゃんと──何かあったのか?」

 トールに問われて、僕は逡巡する。


 マリオンが異世界人であるということは、僕からすれば信ずるに足る事実であっても、はたからすれば与太話である。とはいえ、トールはマリオンの力の一端を見ている。僕は、わずかな可能性に賭けて。

「信じなくてもいいけど──」

 と、前置きをして、これまでのことを語る。


「それは──つらかったな」

 トールは、誰よりも食い意地が張っているにもかかわらず、食事の手を止めて──僕の話に耳を傾け、何と同情まで寄せる。


「信じてくれるの?」

「え? 嘘なの?」

 驚く僕に、トールは、きょとん、と返す。

「いや、嘘じゃないけど──」

「じゃあ、信じるよ」

 トールは簡単に言って、マリオンちゃんは異世界人かあ、と遠い目で続ける。まったく、トールという男は──本当に得難い友であるなあ、と思う。

「俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」

 そう告げるトールに、僕は頷いて返す──とはいえ、事ここに至り、トールにできることなど、もはや何もないのも事実である。その気持ちだけ、ありがたく受け取っておく。



 深夜──僕はそっと家を抜け出す。


 午後の授業中、ずっと考えてはいたものの、紅林の居場所は思いつかず──ひとまず、御笠川で破損した車の行方を追えば、何かわかるかもしれぬ、と近隣の人への聞き込みを決意する。


 僕は、アパートの階段を下りて、自転車置き場に向かう。深夜では、さすがに公共交通機関も動いてはいない。僕の足となるのは、自転車くらいのものである。都市部まで、どれくらいかかるやらわからぬが──徒歩よりはいくらかましであろう、と自転車の鍵を外そうとした──そのときである。


 バイクのヘッドライトが、不意に僕を照らして。

「そこの兄ちゃん、お困りかい?」

 まぶしくて目を細める僕の耳に、聞き覚えのある声が届く。

「行って、助けたいんだろ、マリオンちゃんのことを」

 ヘルメットを脱いで、そう告げるのは誰あろう──()()()()()()

「トール!?」

 僕は、なぜにトールが、こんな時間に、こんなところにいるのやら、まったくわけがわからず、驚愕の声をあげる。


「どうしたの、そのバイク!?」

「兄貴のを、ちょっと借りてきた」

 僕の問いに、トールは誇らしげに、燃料タンクのあたりを、ぽんと叩いてみせる。


 トールの兄貴といえば──僕の記憶に間違いがなければ──地元ではいくらか有名な走り屋である。弟にだって──いや、トールのような弟だからこそ、バイクを貸すなどということは、絶対にありえないはずである。トールは、それを知っていながら、後で兄に殴られるのを覚悟の上で、勝手に乗ってきたのである──()()()()()


「助けたいんだろ?」

 トールはそう繰り返して──僕は力強く頷く。

「行っても──何の役にも立たないってわかってるけど──でも、僕はマリオンのもとに駆けつけたい」

「男ってのは、そういうもんよ」

 僕の決意に、トールはわかったようなことを言う。


「ひとまず、トールのバイクで御笠川に──」

 僕はとりあえずの思いつきを提案するのであるが──トールは、これ見よがしに人差し指を揺らして、ちっちっちっと舌を鳴らす。

「俺はな、タケル──相当な馬鹿ではあるが、頭のいい友だちは多いんだぜ」

 トールの、その自慢なのか何なのかわからぬ言葉の後に、バイクの後部座席から降りてきて、ヘルメットを脱いだのは──。

「──緒方!?」

 僕の級友──隣の席の緒方慎司である。


「話はすべて聞かせてもらった」

「──話したの?」

 僕の問いに、トールは笑顔で頷いて。

「──信じたの?」

 僕の問いに──しかし緒方は首を振る。

「別に信じる必要はない。()()()()()()()()()

 言って、緒方はその推論とやらを語り出す。


「その公安は、どこでマリオンのことを知ったんだと思う?」

 緒方の問いに、僕は思案する。マリオンたちが明らかに不可思議な力を用いたのは、二回。

「──肝試しか、海水浴?」

「それだけ聞くと、夏を満喫してんなあ」

 トールが茶々を入れるのであるが、緒方は当然のように無視する。


「そのどちらかだとして──公安は、タケルのことも知ってたんだぞ」

「となると──肝試しか」

 緒方に誘導されて、僕はようやく気づく。


 海水浴では、マリオンたちの力を目撃されてしまったわけではあるが──それでも、僕の素性が割れるようなことはなかった。しかし、肝試しでは、通報を受けて駆けつけた警察に捕まった不良たちがいる。その中には、マリオンに助けられたものもいたであろうから、彼女の不可思議な力や、僕らの風体なども、警察に伝わっていることであろう。その事実と、近隣の高校で停学になっている生徒とを照らしあわせれば、自ずと関係者をしぼることはできたはずである。


「肝試しのときに通報を受けたのは東警察署。その公安とやらがどこの所属になるのかはわからないけど、マリオンの情報を得るためには、東警察署に出入りしたと思う」

 言いながら、緒方はデジタルカメラを取り出す。

「写真部の備品を拝借して、放課後に東警察署に張り込んできた」

 緒方は、デジタルはあまり好きではない、とぶつぶつ言いながらも、巧みにカメラを操作して、撮った写真のデータを呼び出す。


「この中に──公安を名乗った男はいるか?」

 言って、緒方はデジタルカメラを、僕に手渡す。僕は、写真のデータを一枚ずつ表示させながら確認して。

「──こいつだ」

 紅林──写真の中から、見紛うはずもない男をみつけて指差す。


「じゃあ、間違いないな。公安は東警察署に出入りしている。そして、マリオンたちが、不思議な力で公安の居場所を特定しているのなら、きっとそこに現れる──だろうと推論できる」

 緒方は、そう結論づけて──僕にヘルメットを放る。


「緒方! ありがとう!」

 僕は受け取ったヘルメットをかぶって──トールのバイクの後ろに飛び乗る。

「礼は金銭で頼む」

 そう言って、僕らを見送る緒方を残して、バイクは走り出す。


 トールは、深夜の騒音を気にしてのことであろう、アパートの敷地を出るまでは低速で走り──国道に出るなり急加速して、東警察署を目指して走り出す。危なげのない運転である──が、僕はあることに気づいて、トールの背中に問いかける。


「ところで──トール、免許は?」

 はたして、大型バイクの免許は、十六歳で取得できたであろうか。

「兄貴に駐車場で練習させられたことはある」

 トールの答えに、僕は絶句する。トールは、何と無免許でバイクを運転して、あろうことか警察署まで僕を送り届けようというのである。


「ちょ──ちょっと、待って! 降ろして!」

「遠慮すんなって」

 僕の抗議もどこ吹く風、トールは鷹揚に答えて──さらにバイクを加速する。


 僕の心配とは裏腹に、バイクは何事もなく、東警察署に近づく。トールは、東警察署の手前のファミリーレストランの駐車場に、バイクを停める。さすがのトールも、無免許で警察署の敷地内に入るほど、馬鹿ではなかったようである。僕らはバイクを降りて、徒歩で警察署に向かう。


「おい! タケル!」

 トールの声に、その視線の先に目を凝らせば──今まさに東警察署の敷地に入らんとする、見覚えのある三人の姿がある。


「マリオン!」

 僕はその三人の先頭に立つ少女の名を呼ぶ。

「タケル!?」

 マリオンは振り向いて、驚きの声をあげて──彼女の驚いた顔なんて、初めて見たのではあるまいか、と思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ