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「マリオンが──マリオンたちがこの世界の人間じゃないっていうのは──」
「うん、本当だよ」
元ヤクザの事務所──以前と同じ応接用のソファに腰をおろした僕に、マリオンはあっさりとその出自を認める。
「私たちは、ある目的のためにこの世界を訪れた──異世界人なの」
あらためて言葉にされると、やはり信じがたいのであるが──先に公安警察の指摘したとおり、マリオンが日本語を話していないことは、もはや明らかである。
「じゃあ、その言葉は──?」
「これはね──私たちの世界でいう『神代の言葉』ってやつで、どんな相手とも意思の疎通ができるようになる──言わば、魔法の言葉なの」
僕の問いに、マリオンは日本語ではない唇の動きで答える。
彼女が語るには、異世界に──つまり、この日本に訪れるにあたり、案内人たる友人に、この魔法を授けられたのだという。
「私たちの目的を果たすには──どうしても、その案内人──はぐれた友だちをみつけないといけないんだ」
マリオンは、決意に満ちた顔で、そう告げる。
「そして──あの男は、その重要な手がかりになると思ってる」
マリオンは意味深に言って。
「青──地図を出して」
と、部屋の隅に控えていた青に命じる。青は棚から地図を出して、応接用のテーブルに広げる。見れば、それは都市部を含む、近隣の地図である。
「タケル──私たちが襲われたのは、このあたりであってる?」
言って、マリオンは地図の一点を指す。どれどれ、と地図をのぞき込むと、それは間違いなくゲームセンターのあるあたりで──このあたりの地理に明るいわけでもあるまいに、よく正確に位置を把握できるものであるなあ、と感心する。
「うん、ここがゲームセンターで──こう逃げて、ここで川を飛び越えたんだよ」
僕は首肯して、補足するように、キックボードで逃げたルートを指でなぞる。
「ロレッタ──この川のあたりに、壊れた車があるはずだから、近辺にいる関係者の足取りをたどって」
「あいよう」
マリオンに言われて、ロレッタさんは何やら唱えて、集中するように目を閉じる──と同時に、僕の足もとを、名状しがたい何かの気配が通り抜けたような気がする。
誰も何も言わず、ロレッタさんに注目して──しばしの後、彼女はようやく口を開く。
「まだ──壊れた車があるね。撤去してる最中みたい」
ロレッタさんは、遠く離れた場所の状況を、まるで現地にいるかのように語り出す。
「そこに、背の高い──黒ずくめの男はいる?」
「何人かいる──けど、現場を指揮してる、こいつのことかな?」
マリオンの問いに、ロレッタさんは、その男の特徴について、事細かに告げる。
「たぶん、そいつで間違いないと思う。後をつけて、拠点を突きとめて」
「どうするの? 逃げるんじゃないの?」
マリオンの指示に驚いて、僕は思わず声をあげる。
マリオンたちは稀人であり、今や公安警察に──国家権力に追われる身なのである。ゲームセンターのときのように、最終的には逃げて、どこかに身を隠すものと思い込んでいたのであるが。
「私は──私たちは、引きこもって守ったりしない」
マリオンは、いつぞやのように、ふん、と鼻を鳴らして。
「打って出るんだよ」
言って、不敵に笑う。
「だから──タケルとはここでお別れ」
不意に──マリオンは、僕に別れを告げる。
冗談にしては、たちが悪い。僕は半笑いでマリオンをみつめ返すのであるが──彼女も、そして他の皆も、一様にそれが正しい選択であるとでもいうように、頷いてみせる。
「──僕だって!」
と、言いかけて──僕にできることなど、何もない──足手まといにしかならないことに気づいて、自らの不甲斐なさに唇を噛む。
「ごめんね──本当は、もっと早くお別れを言うべきだったんだろうけど──」
マリオンは、自らの無力に打ちのめされる僕をなぐさめるように続ける。
「私──同じ年頃の友だちって、あんまりいないから──何だか居心地よくってさ」
そう言って、マリオンはこそばゆそうに微笑む。
それは、あまりに突然すぎて──今この瞬間が、彼女との今生の別れになろうとは、とても信じられず──僕は呆然と立ち尽くす。
誰も何も言わない。いつもは必ずと言っていいほどにからかってくるロレッタさんでさえ、何も言わず、僕らの別れを見守っていて──ああ、これで本当にお別れなのだ、と今さらながらに悟る。
僕は、マリオンの笑顔を前に、どうすることもできずに──うつむいたまま、事務所を後にする。




