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「どちらでもかまわんよ」
鷹揚に言って、紅林は銃を構える。
「マリオンに何をする!」
僕の足は──驚いたことに──即座に動いた。マリオンの前に飛び出て、銃口からかばうように彼女を抱きしめる。
「おやおや、まだ呪縛が解けていないとは──君もなかなかに罪な女だね」
言いながら、紅林は引き金を引いたのであろう、背後で連続して、小さく袋の破れるような音がする。サイレンサー──そう思ったときには、僕は逆にマリオンに抱きしめられており、そのまま宙を舞って、中庭の隅に転がる。
「私を──信じてくれるの?」
マリオンは、胸に抱いた僕に問う。
「ごめん──マリオンは、もう何度も僕を助けてくれてるのに」
僕は、マリオンをわずかでも疑ってしまったことを詫びる。彼女が稀人であったとして──だからどうしたというのだ。
「私を信じてくれるなら──私の背中にまわって」
マリオンの言に頷いて、僕は彼女の背後にまわる。男としては情けないかぎりであるが、足手まといであることに間違いはない。
紅林は、再びこちらに銃口を向けて、嘲るように笑う。
「足手まといを守りながら、どこまで凌げる?」
「──守る?」
マリオンは、ふん、と鼻を鳴らす。
「攻めるんだよ。私はね」
次の瞬間──瞬き一つで、彼女の手には鈍色の塊──銃が現れている。
同時に銃声が鳴る。
僕は思わず目を閉じるのであるが──しばしの後に開いてみても、銃弾が身を貫いているようなこともなければ、中庭のどこかに着弾したような形跡もない。
紅林が、こちらに銃口を向けたまま、驚愕に目を見開いているところを見るに、きっとマリオンが何かしでかしたのであろう、と思う。
「──銃口の向いた先に弾が飛ぶ」
マリオンは、種明かしでもするように、銃を構えたまま語り出す。
「だったら──弾同士をぶつけるのも、そんなに難しいことじゃない」
その言に、僕は愕然とする。つまるところ、マリオンは、中空で銃弾同士をぶつけたと言っているのである。
「──化物め」
「狩人だよ」
紅林は脅えるように言って、今度は三発の銃弾を放つ。マリオンも、ほぼ同時に引き金を引いている。今度こそ、僕は見た──いや、実際のところ、ほとんど見えなかったのであるが、銃弾と思しきものが三つ、中空で弾けたのがわかる。マリオンは先の言のとおり、銃弾と銃弾とをぶつけてふせいでいるのであると確信して──そのあまりの規格外に、僕は、ぶるり、と震える。
「さて──楽しかったけど、そろそろお暇させてもらうよ」
言って、マリオンは銃を腰に差して、僕のところまで下がる。見れば、紅林は弾切れのようで──中庭のテラス席に飛び込んで、倒したテーブルを遮蔽物にして、おそらく弾倉を交換している。
「ちょっと、ごめんね」
言って、マリオンは、ひょい、と僕を抱く。トールにでも見られたなら、一生笑いのネタにされてしまいそうな、見事なまでのお姫様抱っこである。
その間に、紅林は弾倉の交換を終えたのであろう、テラス席からわずかに顔をのぞかせて、再びこちらに銃口を向ける。
「人一人抱えて──」
どうしようというのか──紅林は、きっとそう言いたかったに違いない──が、最後まで言い終えることはできなかった。マリオンは紅林の声よりも速く、疾風のごとく駆けて──僕を抱いたまま、三つに分身して、紅林の銃口を幻惑したかと思うと、そのまま壁を蹴って、建物の屋根を飛び越える。屋根を下に眺めながら、いくら軽いとはいえ、僕を抱えたままでこんな動きができるなんて、マリオンはすごい力持ちなんだなあ、と今さらながらに妙なことに感心してしまう。
外の駐車場に着地すると同時に──着地の衝撃は、マリオンのおかげか、ゼロである──紅林のものであろう声が響く。
「至急! 応援を頼む!」




