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僕らは、ギャラリーを振り切って、ボーリング場の手前の休憩スペースで足を止める。
「ああ! 面白かった!」
マリオンにとっては、その追いかけっこも、アトラクションの一つのように思えたのであろう、からからと笑いながら、同意を求めるように僕を見る。
「追いかけっこはともかく──マリオンのダンスは、とっても上手だったね」
僕は彼女のダンスに素直な賛辞を贈る。
「ありがと」
マリオンは、そう軽く返しながらも、どうやらまんざらでもないようで、誇らしげに、ふふん、と鼻を鳴らす。
「ちょっと飲み物でも買ってくるよ」
言って、マリオンは自動販売機の置いてあるあたりを指差す。
踊り疲れた──という様子はさらさらないものの、喉は乾いたのであろう。本来であれば、僕が声をあげて、代わりに買ってくるべき場面なのであるが。
「うん、いってらっしゃい」
僕は僕で、トイレに行きたいと言い出せず、ずっと我慢していたこともあり──やむなく彼女の背中を見送る。
今こそがチャンスである。僕は、これ幸いと男性トイレに駆け込み──誰もいないことに安心して、ズボンをおろしながら小便器に向かい、急ぎ用を足す。
「──ふう」
ほっと息をつくのもつかの間──今度は、マリオンが飲み物を買うよりも早く戻らねばならないのである。小便器の水を流して、ズボンをあげて、振り向いたところで──ようやく、僕の真後ろに黒ずくめの男が立っていることに気づいて、驚きのあまり声をあげる。
トイレに入ったときには、誰もいなかったはずである。もしかしたら、個室に入っていたのかもしれないが、それにしたって個室から出た後に気配も感じさせずに僕の背後に立っているというのは、わけがわからない。
「小浦──タケルくんだね」
男は、僕のことを知っているようで、安心させるように名を呼んだ上で、ちらと警察手帳を見せる。初めて見る警察手帳である。真贋の区別などつくはずもないが、僕には本物のように思える。
「そう──ですけど」
初めて警察に話しかけられて──僕は、まるで不良にからまれたときのように、縮こまって答える。
「君と一緒にいる少女のことを知りたい」
そんな僕のことを組みやすしと思ったものか──男は、ずい、と身体を寄せて、僕を見下ろしながら尋ねる。
「マリオンの──ことですか?」
「そう──そのマリオンのことを、どれくらい知っている?」
「どれくらいって──」
何でも知っている、と豪語しかけて──逆に、彼女のことを何一つ知らない事実に気づいてしまう。
男は、僕のその顔を見て、当てが外れたとでも思ったのであろう、小さく溜息をついて。
「それほど知らないのなら、これ以上は近づかないことをおすすめする」
と、まるでマリオンが危険人物であるかのように、そう続ける。
「あの少女は──この世界の人間ではない」
「──はあ?」
あまりにも突拍子のない発言に、僕は思わず呆けた声をあげる。男が、僕との会話の中で積みあげてきた信憑性のようなものが、一気に崩れた気がして──僕は、先の警察手帳も偽物であろう、と思うようになる。
「じゃあ、これで失礼します!」
言って、僕は男の隣を駆け抜ける。
「今は信じなくてもいい」
男は、それでもことさらに穏やかな声で、僕の背中に語りかける。
「彼女と話すとき、その唇の動きをよく見てみるといい」
言われたことの意味がよくわからず──僕は思わず立ち止まる。
「彼女の唇の動きを見て、私の話が信じられたら──彼女をこの施設の中庭に連れてきてほしい」
僕は振り返ってもいないのであるが、男はかまわず続ける。
「連れてくるだけでいいんだ。簡単だろう?」
言って、男はくつくつと笑う。




