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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第6話 ハーフエルフ
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「危ないところだった……」


 幸いにして、ロレッタの放った爆炎は、その掲げた腕の先──上空で爆散して、庭園そのものを燃やし尽くすようなことはなかった。とはいえ、あたりには大量の火の粉が降り注ぎ──庭園が火事になっては大変である、と慌てて踏み消してまわる。急がなければ、爆音を聞きつけて、誰かが駆けつけてくるかもしれない。騒ぎの責任を問われて、王立図書館から追い出されるようなことになってはかなわない。爆炎の衝撃で気絶したロレッタを抱えて、逃げるように庭園を後にする。



「驚きました」

 すごかったですね、と他人事のようにフィーリが言う。

「驚いたのは私だよ!」


 王立図書館から離れて──遠く離れて、場末の酒場に腰を落ち着ける。仮に庭園での出来事を見たものがいたとしても、こんなところまで追いかけてくることはあるまい。ひとまずのところ落ち着いて、フィーリから渡された花の酒を舐める。


「フィーリが気軽に『力ある言葉』を教えたりするからだよ」

 責めるようにつぶやいて、ロレッタの赤毛を眺める。酒場であれば、いまだ気絶したままテーブルに突っ伏している彼女も、単なる酔っ払いにしか見えない。

「普通、『力ある言葉』を唱えても『爆炎』のように高度な魔法は発動しないはずなんですが」

「そうなの?」

「そちらのロレッタも話していましたが、魔法を発動する際には、魔法を構成する力と『力ある言葉』の両方が必要となります。つまり『爆炎』が発動したということは、彼女は卓越した魔法構成力の持ち主であるということになります」

 言って、ロレッタの才を褒めそやす。

「エルフは精霊と交信して、その力を借りることには長けておりますが、特別に魔法を得意としているというわけではありません。彼女の才は、過去に古代人の血が混ざっていて、その先祖返りによるものなのか。そうでなければ──」

 と、旅具にしてはめずらしく、見当もつかないというように続ける。

「──彼女、いったいどんな種族との混血なんでしょうね?」



 我々の好奇の眼差しにさらされても、ロレッタに起きる気配はなかった──それどころか、よほど疲れでもたまっていたものか、いつのまにやら深く寝入っている。見れば、彼女の可憐な唇はだらしなく開き、さらにはよだれまでたれていて──気品ある顔立ちが、よだれに濡れる様には、えも言われぬ背徳を感じる。時折、ぴくり、と震える長い耳に誘われて、私はゆるりと手を伸ばす。

「おお」

 思わず声が出る。耳先は想像よりも硬く、なめらかで──人の手の及ばぬ自然の造形美に触れたように思えて、密かな喜びに頬を緩める。


「魔法って、どうして『力ある言葉』が必要なの?」

 ロレッタが眠っている間であれば問題あるまい、と常日頃から疑問に思っていたことをフィーリに尋ねてみる。

「大昔──それこそ神代の頃には『力ある言葉』など不要だったようですよ。皆、呼吸でもするように魔法を使っていたようです」

 神代の頃と聞いて、伯爵──真祖のことを思い出す。確かに、真祖は何を唱えるでもなく、指を鳴らすだけで、魔法のごとき現象を具現していた。

「神代の魔法が失われつつある時代、ある偉大なる王が、世界の理を『言葉』によって呼び起こすことのできるように、神と契約をしたのです」

「その言葉が『力ある言葉』ってこと?」

「そうです。そして、神との契約は、まさに『古代語』をもって結ばれていて、『蛮族語』──今の公用語では世界の理を呼び起こすことはできないのです」

「誰が蛮族だ」

 言い直したでしょう、と悪びれずにフィーリ。

「ロレッタの話を聞くかぎり、現世では『古代語』が失われつつあるのでしょうね」


 朝から晩まで頁をめくって、失われつつある「古代語」探しに没頭しているのであれば、さぞ疲れることであろう。寝息をたてるロレッタを、いたわるように見やる──と、我々の話し声に目を覚ましたものか、ロレッタが小さなうなり声をあげる。次いで、寝ぼけまなこをこすりながら、大きく伸びをして──私の顔を認めるなり、勢いよくテーブルに身を乗り出す。

「先生!」

 声をあげて、ロレッタは私の手を取る。

「先生なんて呼ばれても、何も教えないからね」

 再び爆発騒ぎなど起こされてはたまらない、と手を振り払って、すげなくあしらう──が。

「マリオンのことじゃない。姿の見えない先生のことだよ」

 ロレッタは、どうやらフィーリの存在を認識しているようで、どこですか、と呼びかけながら、私の身体をなでまわすように探る。

「ちょ、やめ──」

 どこをまさぐっているのか。そんなところにフィーリはいない。いないというのに。

「おや、先生と呼んでいただけるとは、光栄ですね」

 自らに向けられる敬意を、まんざらでもなく受け取ったようで、フィーリはロレッタにも聞こえるように声をあげる。彼女は、その声の出どころに気づいたようで──さんざん私の身体をまさぐっていた手をようやく止めて、首飾りを拝むように押しいただく。

「先生! あたしに魔法を──『力ある言葉』を教えてください!」

「いいですよ」

 フィーリとお呼びください、と旅具が安請け合いする。

「フィーリ先生!」

 ロレッタは涙する勢いで──実際には涙していないが──旅具を抱きしめて、頬ずりを始める。

「いいわけないでしょ!」

 考えなしに魔法を教えて、先ほどのような惨事を招いたなら、どう責任をとるというのか。私が良識を語る日がくるとは、と苦々しく思いながら、ロレッタからフィーリを取り戻す。

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