表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
異聞 第3話 海に出るつもりじゃなかった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

295/311

4

 ロレッタさんは、何やら呪文のようなものを唱えたかと思うと、ボートのまわりをぐるりとまわって──そして、おもむろに船尾を蹴る。するとどうであろう、ボートはまるで()()()()()()軽くなったかのように、するりと海にすべり出す。


「ほら、タケルも乗って」

 マリオンとロレッタさんは、物怖じもせずに、壊れたボートに飛び乗って──僕も乗るようにうながす。


 僕は、おそるおそる、ボートに足をかける。ロレッタさんが何と言おうとも、先まで砂浜に打ち捨てられていたボートである。船体に穴でも空いていて、今にも浸水してくるのではないか、と不安に思っていたのであるが──意外にも、いつまでたってもそんな様子はなく、ボートは泰然と海に浮いている。


「オールはあるみたいだけど──漕ぐ?」

 ロレッタさんは、わざとらしくマリオンの顔を見ながら尋ねる。そう尋ねておきながら、自らは漕ぐつもりはないという鉄の意志が、ひしひしと伝わってくるから不思議である。


「いや──()()()()()。帆がなくても、このくらいのボートなら、問題ないと思う」

 言って、マリオンは僕らをボートに座らせて──自らは立ったまま、小さく何かを唱える。


 すると──僕の背中を風が押して──ボートは緩やかに走り出す。海流に流されているのではない。ボートは真っすぐに無人島に向かっているのである。何の動力もないボートが、どういう理屈で波を切って進むものか──いつのまにやら慣れたもので、僕はすでに理解することを放棄している。とはいえ、はたから──例えば、漁港から見れば、普通にボートを漕いでいるようにしか見えないであろうな、と思う。


 ボートが沖に出たところで──不意に、黒鉄のいびきが止まる。


「あ──まずい」

 マリオンがつぶやく──と同時に、黒鉄が飛び起きて、周囲の海原を見るや、僕に抱きついて、大声でがなりたてる


「うおお! ぬしら勝手に何をしておる! 儂は海に出るつもりはないぞ!」

 黒鉄が目を覚ましたことで、ボートはぐらぐらと揺れ始める。

「黒鉄! 落ち着いて! ちゃんと()()()()()なってるから!」

 ボートの揺れを収めるため──そして、黒鉄に締めあげられて、今にも窒息しそうな僕のためでもあろう──ロレッタさんは、黒鉄を落ち着かせるように、何やら意味のわからぬことを告げる。


 黒鉄は、僕を締めあげる力を緩めて、半信半疑といった様子で、ボートから身を乗り出して、海原に手をついて──何やら確認して安心したようで、ようやく僕を解放してくれる。


「儂を起こして、ちゃんと説明してから、ボートを出せばよかろうに」

「だって、絶対嫌って言うだもん」

 苦言を呈する黒鉄に、マリオンはいたずらっぽく笑って返す。



 黒鉄が落ち着いたことで、揺れも収まり──やがて、ボートは件の無人島に近づく。


 島と呼ぶのもおこがましい程度の、小さな島である。島の北側には、わずかながら浜辺が広がっているのであるが、それ以外は木々に覆われており、ちょっとした林のようになっている。


 僕らはボートで浜辺に乗りあげる。浜辺の隅には、先客のものと思しき、真新しいボートがある。そのボートのそばには、食材や調理器具があり、レジャーシートまで敷いてある。どうやら無人島でバーベキューでも楽しんでいたと思しいのであるが──不思議なことに、その先客の姿は、どこにも見当たらない。


「それで──この島が揺れたの?」

「間違いない、と思う」

 ロレッタさんの問いに、マリオンは頷いて答えて──その場に屈み込む。見れば、そのあたりに比較的新しい足跡があるようで、彼女はそれをたどって、林の入口あたりまで歩いて──おもむろに宙に手を伸ばす。


「どう──したの?」

 僕の問いに答える代わりに──マリオンは伸ばした手で、その中空を叩いてみせる。するとどうであろう、そこにまるで()()()()でもあるかのように、音が返ってくるではないか。


()()がある──」

 マリオンが告げて。

「──ということは、何かあるのう」

 と、続ける黒鉄の空気が変わる。隣に、まるで獰猛な獣でもいるかのように、空気が肌を刺す。


「坊主──その辺に、何ぞ、硬い棒でもないかのう?」

 黒鉄に言われて、僕は浜辺を見まわす。

「ボートのオールならあるけど──」

 浜辺に残された調理器具の類よりは、ボートのオールの方が硬そうで、僕はそう答える。


「まあ、急場ではこんなもんじゃろうのう」

 黒鉄は、ボートのオールを拾いあげて──そして、軽々と振りまわしてみせる。


「ロレッタ」

「あいよう」

 マリオンの呼びかけに、ロレッタさんが鷹揚に答えて──彼女は、荷物から真っ赤なナイフを取り出したかと思うと、それを振りかぶり、見えない壁に向かって、無造作に振りおろす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以下の外部ランキングに参加しています。
リンクをクリックしてもらえるとやる気が出ます。


小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ