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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第6話 ハーフエルフ

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1

 王太后の命を受けて数日、いまだ私は旅立っていなかった。


「マリオン、そろそろ出立しませんと」

「もう少し、もう少しだけ!」

 急かす旅具をなだめながら、頁をめくる。


 王立図書館は、図書館と銘打っている割に、伯爵の書斎よりも──神代からの蒐集者とくらべるのは酷かもしれないが──蔵書が少なかった。とはいえ、伯爵の書斎には、主の眠っていた間の蔵書はなく、数百年分の本については、王立図書館に頼るしかない。

 本は、盗難防止のためであろう、鎖で書架につながれていて、その場で閲覧することしか許されていない。身分によって入館が制限されているにもかかわらず、それでもなお盗難があるということであろうから、本の価値の高さがうかがえるというものである──となると、たった数冊であっても本を所持していたダラムの村長は、意外にも金持ちなのかもしれない。餞別は銀貨数枚であったが。

 ちなみに、ほとんどの本の奥付には、本を盗んだものに向けての呪いの言葉が記されている。痛みで泣き叫べだの、地獄の業火で焼かれろだの、物騒な言葉が書き連ねてあり、当時の司書の苦労がしのばれる。


 頁をめくりながら、巡察使として、王立図書館は貸出を許可すべし、と王に進言したなら、どうなるであろうと考えてみる。栄えある巡察使としての初仕事にふさわしい意義ある進言であるように思うのだが──いや、団長あたりに職権の濫用であると叱責される未来が浮かぶ。渋々あきらめて、次の頁をめくる。



 読書の合間に、ふらりと外に出て、足に任せて図書館の庭園をめぐる。庭は、周囲に植わっている木々で外界と隔てられており、ちょっとした別世界のようにも思える。緑に囲まれていると、疲れた目が癒えるような気さえして、心地よく木漏れ日に浸る。長椅子に腰をおろして寛いでいると──やがて、見覚えのある女性が近づいてくる。


「最近よく見かけるね」

 言って、彼女は私の隣に腰をおろす。

「そちらこそ」

 返して、彼女が座りやすいように、長椅子の端に寄る。


 王立図書館に数日も出入りしていると、私と同じく連日通い詰める常連の姿が目につくようになる。その大半は、学問に身を捧げているからであろうか、貴族という割には身なりに頓着のない冴えない男ばかりで、気にも留まらなかったのであるが、彼女だけは──物語の英雄を彷彿とさせる彼女の燃えるような赤毛だけは異彩を放っており、私の目にまざまざと焼きついていた。


「庭園に出ていくのが見えたからさ、追いかけてきちゃった。あなた、学者には見えないし、どんな人なのかなって、気になってたんだ」

 言って、彼女は榛色の瞳を輝かせながら、いたずらっぽく笑う。

 確かに、王立図書館において、学者然とした他の利用者にくらべると、狩人めいた私の装いは──私が彼女に感じたように──異質に映ったのかもしれない。

「私はマリオン──マリオン・アルダ」

 狩人なの、と続けると、彼女は、はて、と首を傾げる。

「最近どこかで聞いたような──あ、新しい騎士様。巡察使の」

 やがて、合点がいったようで、はたと手を打つ。騎士様などと呼ぶ割には、物怖じすることもなく、からかうように続ける。

「巡察使って、王都で本読んでていいの?」

「私はいいの」

 私は、王太后の特使であり、正規の巡察使とは異なる。つまり、王立図書館で本に読みふけっていても、職責をはたしていないということにはならない。はずである。


「あたしはロレッタ」

 名乗って、おろしていた髪を総髪に結いあげて──髪から飛び出した長い耳を、人差し指で弾く。

「ハーフエルフなんだ」

 彼女──ロレッタは、誇らしげに続ける。

「へえ!」

 エルフに出会ったのは──ハーフエルフとはいえ──初めてだった。

 よく見れば、確かにロレッタの容姿は精緻な彫像のように整っており、エルフの噂に違わぬ美貌である。言われるまで気づかなかったのは、燃えるような赤毛もあいまって、どこか少年めいた印象を受けることによるところが大きいのであろう。赤髪からのぞく長耳は、その中性的な印象からか、どこか倒錯的な艶さえあって──さわらせてほしいと懇願するが、すげなく却下される。


「ロレッタは、学者さん?」

 何度目かの懇願を却下されたところで、あきらめて問いかける。

「魔法使い──見習いかなあ」

 と、ロレッタは自信なさげに答える。

「魔法使いって、図書館で何してるの?」

 魔法使いのことに詳しいというわけではないが、物語に登場する彼らは引きこもって魔法の研鑽に励むばかりであり、図書館で日がな本に読みふけるような印象はない。

「魔法使いっていうのは──」

 言いかけたところで、はて、とロレッタは思案顔で問いかける。

「そもそも、マリオンは、魔法について、どのくらい知ってるの?」

「ほとんど知らないと思う」

「じゃあ、最初から始めよう!」

 見習いであるからであろうか、彼女は魔法について誰かに教えるということに舞いあがっているようで、はつらつと語り出す。


「魔法っていうのは『力ある言葉』がなければ発動しないんだ」

 ロレッタの声を聞きながら、雷を操る王太后──の宝冠を思い出す。雷を呼び寄せる際の宝冠の詠唱が「力ある言葉」だったのであろう。旅神の弓の力を引き出すにも「力ある言葉」が必要となるのだから、同じく魔法にも必要となるという理屈は理解できる。

「もちろん『力ある言葉』さえあればいいってわけじゃない。魔法を構成する力も必要になる。でも、どんなに上手に魔法を構成しても『力ある言葉』がなければ、発動はしない」

 しかし、魔法の構成となると、話は別である。魔法をもって雷を構成するとはどのような行為であるのか。そもそも雷とはどのような現象であるのか。まったくもって見当もつかず──私は魔法を使うことはできないのだろうな、と諦念をもって、ロレッタの説明を聞き過ごす。

「今では『力ある言葉』は断片的にしか伝わっていないんだ。だから、魔法使いは古い本をあさって『力ある言葉』の収集に勤しんでるってわけ──で、あたしは、本職の魔法使いに雇われて、朝から晩まで図書館の本とにらめっこしてんの」

 ロレッタの言に、はて、と首を傾げる。

「雇われってことは、もしかしてロレッタは貴族じゃないの?」

 私の疑問を、ロレッタは笑い飛ばす。

「あたしは平民──いや、難民みたいなもんかな。貴族は、あたしを雇ってる魔法使いの方。ちゃんと手続きを踏めば、代理人も図書館に入れるんだよ」

 ということは、騎士にならずとも、図書館に入る術はあったのではないか。団長め、旅の土産など持ち帰ってやるものか、と決意を固くする。


「『力ある言葉』は断片的には残ってるんでしょ?」

「もちろん」

 答えて、ロレッタは世に広く知られているという「力ある言葉」を指折り挙げていく。

「どんな言葉が足りないの?」

「例えば、炎を起こす魔法だと『炎よ』って唱えるんだけど──」

 ロレッタの言葉にあわせて、彼女の指先に拳ほどの大きさの火球が現れる。

「──この炎を大きくするには、別の『力ある言葉』が必要になるんだよ」

「『炎よ』『大きくあれ』じゃいけないの?」

 私の知る「力ある言葉」を足してみる。

『……炎よ、大きくあれ』

 半信半疑といった様子で、ロレッタが「力ある言葉」を唱える──と、指先の火球は、両腕でも抱えられないほどに、大きくふくれあがる。

「マリオン……どうして『力ある言葉』を知ってるの?」

 呆然とするロレッタの問いに答えたのは──しかし私ではなかった。

「うーん、今のはどうなんでしょう。最適な選択とは言えないんじゃないですかね」

 と、フィーリが早口でまくしたてる。

「『炎よ、大きくあれ』でも間違いではないのですが、それでは炎の大きさの調整ができません。例えば『爆炎よ』というように、単語で炎の大きさを指定する方が一般的かと思います」

 ロレッタは、姿の見えぬ発言者を探そうともしなかった。なるほど、と頷いて、次いで右手を高く掲げる。

「あ、ちょっと──」

 待って、と言いかけたところで。


『爆炎よ』


 庭園は、巨大な爆炎に包まれた。

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