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「こちら、僕の友だちの、トールくん」
僕の紹介にあわせて、トールが、どうも、と会釈する。
「こちら、僕の──友だちのマリオン」
僕の紹介にあわせて、今度はマリオンが、どうも、と会釈する。友だち、という紹介に、彼女は特に違和感を抱いた様子もなく──僕は安堵の胸をなでおろす。
夜──というよりも深夜、草木も眠る丑三つ時である。僕らは、いつもの駅から、私鉄で一駅分ほど移動したあたりに、徒歩で集合している。
マリオンの私服も、さすがに二度目ともなると──見慣れぬ。やはり緊張する。今夜の彼女は、薄手のポンチョを羽織っている。深夜とはいえ、夏であるから、羽織ものは暑いのではないかとも思えるのであるが──彼女は何とも涼しげにそれを着こなしている。
「タケルから聞いてたよ、いい子と友だちになれたって」
トールは、めずらしく下心のない様子で、僕とマリオンとの出会いを心から祝福して。
「タケルをよろしく」
言って、勢いよく、マリオンに手を差し出す。
「こちらこそ、タケルと友だちになれて、うれしく思ってるよ」
返して、マリオンはトールの手を握る。
「女の子がきてくれて安心したよう」
次に、トールを押しのけてマリオンの手を取るのは──件の藤原優子である。
「トールくんの──彼女さん?」
マリオンは握手を返しながら、藤原優子に上目で問いかける。
「うーん、友だち以上、恋人未満、くらいかな?」
藤原優子の答えに、僕は内心、ほう、と思う。彼女の声音は、少なくともトールの求愛を拒んではいない、まんざらでもないように聞こえたのである。
「トールくん、いいやつそうだけど」
言って、マリオンは、僕と話すトールの横顔を、ちらと見る。
「男友だちの間での評判はいいのよ」
藤原優子は、マリオンの言葉を肯定するように、そう言って──でも、と続ける
「──女友だちの間だとねえ」
さもありなん。トールは、男同士でいるときは、悪ふざけがすぎるのである。それを、はたから見ている女子からすれば、評判もわるくなろうというもの。
「そろそろ行こうぜ」
トールがそう言って──僕らはトールに先導されるがまま歩き出す。
「それにしても──廃墟って、ここのことだったんだ」
僕は、周囲を見まわしながら、そうつぶやく。肝試しに誘われておきながら、直前まで場所がどこかも知らず、今になってようやくどこに向かっているのかを理解したというわけである。
トールの言う廃墟は、地元では有名な遊園地──だったところである。戦前は植物園で、戦後に遊園地になったことから「青葉花園」という名で親しまれていたそこは、十年ほど前に惜しまれつつ閉園になったのである。もちろん再開発の予定はあり、廃墟として放置されるはずもないのであるが──噂によれば、再開発を請け負った企業の経営がうまくいっておらず破綻寸前だの、それどころか重役が次々と変死を遂げているだの、好き放題言われており──その真偽のほどはさだかではないのであるが、事実として青葉花園はいまだ廃園のまま、というわけである。
「どうやって入るの?」
藤原優子が当然の疑問を口にする。
目の前の廃墟は、元は遊園地である。多くの遊園地がそうであるように、敷地はぐるりとフェンスで囲われている。しかも、今や廃墟なのであるからして、我々のような不逞の輩が入り込まぬよう、フェンスはベニヤ板で補強されており、さらには上部に有刺鉄線まで張りめぐらされているという厳重さなのである。
「噂だと、抜け道があるらしい」
言って、トールは僕らを先導して、外周を北に向かう。
やがて、近隣の団地の先に、倉庫のような建物が見えてくる。トールは、その倉庫と廃墟との隙間に首を突っ込んで。
「あ、ここだ、ここだ」
一人納得して、ずんずんと奥に進む。
「おい、ちょっと待てよ」
僕はトールを追いかけて、その隙間に入る。隙間は細く、奥まで続いている。やがて、廃墟側のベニヤ板の途切れているところに出て、その部分のフェンスに穴が開けられていることに気づく。僕はそこから顔を出して──かつての遊園地の、そのあまりの変わりように、呆然とつぶやく。
「──嘘だろ」
青葉花園といえば、地元のもので訪れたことのないものなどいないほどの、草花あふれるテーマパークであり、かくいう僕も幼い頃に何度か訪れたことがあるはずなのであるが──その面影は、まったくと言ってよいほどに、残っていなかった。
懐中電灯に照らし出された廃園は、視界を遮るほどの草に覆われている。ところどころにのぞく錆びた遊具がなければ、とてもかつて遊園地であったとは思えない。
「うわあ──本当に廃墟だわ」
後ろから、藤原優子の声が届いて──振り向けば、その後ろにマリオンもいる。
僕らは全員そろって、ひとまず遊園地の中心部に向かって、歩き出す。
「今後、遊園地にピエロを描くのは、禁止した方がいいと思うの」
藤原優子は震える声でそう主張して──その主張に、僕は完全に同意する。
草むらをかきわけて歩くと、錆びた遊具が現れるたびに、そこに描かれたピエロが、不気味に笑いかけるのである。そのたびに、藤原優子は叫び声をあげて──僕も同じく叫び声をあげかけるのであるが、マリオンの前で格好をつけたいという一心で、それをこらえる。
「噂では──首のない幽霊が出るらしい」
トールは、僕らを脅かすように振り向いて、後ろ歩きで語り出す。
「お化け屋敷の奥にあるギロチン──単なる飾りだと思って、カップルが悪ふざけしてたらしいんだが、運悪く安全装置が外れて──」
言って、トールはおどろおどろしい顔で、首をかき切るようなジェスチャーを見せつける。
「私が聞いた噂とは違うなあ」
藤原優子は、トールのその顔に脅えるどころか、むしろ吹き出しながら続ける。
藤原優子の語るところによると、その幽霊はジェットコースターの事故で首を落とすことになったと言うのであるが──そんなことはありえない。何とならば、そもそも青葉花園には、そんなにスピードの出るアトラクションなど存在しないのだから。ガタガタと揺れて、いつ壊れるとも知れぬという、まったくベクトルの異なる怖さの遊具は多数あれども、スピードが出すぎて首が切れてしまうというような事故は、ちょっとありえそうもない。
実際のところ、青葉花園はそんな惨憺たる事故などではなく、単なる経営破綻により閉園したと聞いている。トールたちの語る噂話は、怪談を楽しむ高校生の間で、尾ひれがついた類のものであろう、と思う。
「ここ──何かいるかも」
「マリオンまで──」
わざわざ二人の話に乗らなくても、と僕はマリオンに向き直り──そして、彼女の神妙な顔に、思わず口をつぐむ。
「もしかして──マリオンちゃん、霊感あるの?」
藤原優子は脅えるように、マリオンのポンチョをちょんとつかむ。トールだけならまだしも、マリオンにまで真面目な顔で何かいると言われれば、怖くもなろうというもの。僕の足が震えているのも、やむをえないことであろう。
「霊感って──幽霊がいたらわかるってこと?」
マリオンは周囲を見渡しながら、藤原優子に問い返す。
「そうだよう、それ以外にないでしょ」
「そういうことなら、わかると思うけど──」
と、マリオンは平然と首肯して。
「──いるのが幽霊とはかぎらないよ」
何やら不吉なことを告げる。




