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「今! 廃墟デートが! モテる!」
休み時間──トイレにでも行ったであろう緒方慎司の席に勝手に陣取り、訳のわからないことを言い出したのは──当然のようにトールである。
「どうしたの、藪から棒に」
「タケルは──幽霊って、信じるか?」
僕の問いには答えず、トールは神妙な顔で質問を重ねる。
「信じない」
「よし!」
トールは、我が意を得たり、とばかりにガッツポーズを決めて──次いで、無理やりにハイタッチを求めるのであるが、とりあえず無視する。
「だから、どうしたの、藪から棒に」
「彼女とさ、肝試しに行こうって話になってさ──」
トールの言う彼女とは、隣のクラスの藤原優子のことである──が、実際のところ「彼女」というのは正確な表現ではない。藤原優子は、確かにトールの意中の人ではあるものの、二人はつきあっているわけではないのである。トールに言わせれば、もはや時間の問題であるというのであるが──まあ、当の藤原優子からの苦情を聞いた覚えもないので、割と信憑性のある主張なのかもしれない、と思わなくもない。とはいえ、トールは彼女と同じ高校に通うためだけに猛勉強して──今や見る影もないが──何と松原高等学校に合格してしまったわけであるからして、その愛にかける情熱だけは、本物であると言わざるをえまい。
「──優子がさ、俺と二人だけだと怖いって言うんだよ」
「怖いって──それ、肝試しが怖いんじゃなくて、お前に襲われそうなのが怖いんじゃないの?」
トールの溜息に、僕は半眼で返す。
「紳士に向かって、失礼なことを言うなあ」
トールは、自身こそが、紳士という概念を冒涜していることに気づいているであろうか──いや、変態紳士の類と考えれば、辻褄があわないこともない、かもしれない──などと、益体もないことを考えていると、トールは、ずい、と椅子を寄せてくる。
「そんでな、ダブルデートなら行ってもいいってところまで、何とかこぎつけたわけよ」
「なるほど──だったら、僕以外のやつに声をかけないとな」
自慢ではないが、彼女がいたことなどない。
「ところが──だ!」
トールは、どん、と机を叩いて。
「ざっと見まわしてみろ」
言って、ぐるり、と教室を見まわす。
休み時間の教室──近所の粗大ゴミ置き場から拾ってきたホッピングに興じているのは、長髪のサッカー部員である。教室の中でホッピングとは、無法ここにきわまれりとそしられてもおかしくないところであるが──級友たちは慣れたもので、特に気にもしていない。かようにサッカー部の連中の頭のネジは、トールと同様にゆるゆるなのであるが、レギュラー陣にかぎっては、そのことごとくに他校の彼女がいるとも聞いたことがある。そんなやつらこそがモテるというのなら、僕には縁のない話である。
「な! 彼女のいる男子は、割といい男なんだよ! そんなのと一緒に行って、優子の気がそっちに向いたら嫌だろ!」
確かに──ホッピングに興じるサッカー部員は、顔だけを見れば何とかという外国のサッカー選手に似ていなくもない。それを、やんや、と囃したてる別の部員も、そのノリのよさから、女子に人気があると聞いたことがある。とはいえ、彼らはともに僕とも仲がよいくらいだから、単にいいやつらで──だから女子にもモテるのであろうと思うのだけれども。
「その点、タケルなら、何の問題もない」
「紳士に向かって、失礼なことを言うなあ」
トールはつまり、僕ならば当て馬にしても大丈夫、と言いたいのであろう。まったくもって失礼きわまりない話であるが──確かに彼女がいたことなどないわけであるからして、正しい判断であると言わざるをえない。
「何を言う。これは、すばらしい口実だぞ」
言って、トールはわるい顔をして、僕の耳もとでささやく。
「お前も、トールに誘われたからとか何とか言って、マリオンちゃんを誘ってみればいいだろ」
トールの甘言に、僕はまんまと心揺らされる。
確かに──あの倉庫の一件以来、僕はマリオンに会っていない。どこにいるかは聞いているのであるからして、会いに行けばよいだけなのであるが、理由もなく顔を出すのも気恥ずかしくて、足が遠のいていたのである。
ほしかったのは──口実だけ。
「トール──たまにはいいこと言うね!」




