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「タケルは、このあたりで帰ろっか」
言って、マリオンはいつぞやのように僕の手を取る。
見れば、僕以外の皆が、マリオンの言葉に頷いていて──こんな状況で、僕だけが逃げ帰ってよいものであろうか、と思わなくもないのであるが──確かに、足手まといではあろう、と思い直す。
「安心して! 後はあたしに任せて!」
マリオンに手を引かれて倉庫の出口に向かう僕に、ロレッタさんは、どん、と胸を叩いてみせる。
「ぬしは何もせんじゃろうに」
ロレッタさんの大口に、黒鉄が、ふん、と鼻を鳴らす。それは、きっと長いことこうしてやりあってきたのであろうなあ、と思わせるやりとりで、僕は思わず吹き出してしまう。
僕は、マリオンに連れられて倉庫を出て、そこから程近い国道を南下する。ひとまず駅に向かおうという算段であろう、と思う。
と──後ろから不良どもの叫び声が聞こえたような気がして、びくりと振り返る。
「──大丈夫」
マリオンは、僕の恐怖心をやわらげるように、強く手を握って。
「奴らがタケルに危害を加えることは、もう二度とないから」
そして、僕をみつめて、不敵に笑う。
「マリオン──たちは、いったい何ものなの?」
僕は、もっと早くに聞くべきであった問いを、ようやく発する。
「私たちは──遠いところからきた旅人なの」
マリオンの語るところによると、彼女たちは、僕の知らないほどに遠い国から、故あって日本を訪れたのだという。連れに旅慣れたものがいて、その人に日本語を習い、日本の案内も頼るはずだったというのであるが。
「ところが──その友だちとはぐれちゃって」
マリオンは、本当に困ったというように、眉根を寄せる。
「今はその友だちを探してるところなんだ」
「僕も探すの手伝うよ!」
僕は、考えるよりも先に、そう口にしている。
マリオンは、突然そんな申し出をされるとは思ってもみなかったようで、ぽかんと口を開けて──やがて、やわらかく笑って。
「ありがと」
と、短く口にする。
「どんな人なの?」
尋ねる僕に、マリオンは少し困り顔で、天を仰ぐ。
「そうだなあ、タケルの身のまわりで、もしも不思議なことが起きたら──そのときは私を呼んでよ」
「その友だち──そんなに変な人なの?」
不思議なことが起こるというからには、その友だちとやらはよほど──例えばトールのように──突拍子もないやつなのであろう、と思っての発言だったのであるが。
「──そう!」
マリオンは、まさにそのとおり、と言わんばかりに、語気を強める。
「そう! 本当にそのとおりなの!」
まったくあいつときたら、とマリオンは愚痴り始めるのであるが、そこには隠しきれない親愛の情が滲んでいて──僕は、まだ見ぬその友だちに、ほんの少し嫉妬してしまう。
やがて、景色は見慣れた街並みに変わり──僕らは駅前に戻る。
「このあたりまでくれば、もう大丈夫かな」
マリオンは周囲を見渡して、不良がいないことを確認してから、僕の手を離す。手のひらに残っていたぬくもりが消えて──大げさだと笑われるかもしれないが、これが今生の別れになるのではないかという気さえしてしまって、僕の手は宙をさまよう。
そんな僕の心を見透かしたものか。
「じゃ、またね!」
言って、マリオンは小さく手を振る。
「うん──また!」
その別れの言葉に、またマリオンに会える──少なくとも彼女にはその気があると期待して──単純な僕は、ぶんぶん、と手を振って、彼女の後ろ姿が小さくなるまで見送る。
それから後のことは、詳しくは知らない。これは、後日トールに聞いた話である。
一夜にして、街から一つのヤクザが消えたという。独立系の小さなその組は、突然警察に解散届を出したのである。当初、半信半疑であった警察も、彼らが事務所から逃げるように去っていくのを目にするに至り、解散は本当であると信じたようであるが──いったい何が彼らにそうさせたのかは、結局わからずじまいだったという。
残された事務所には──今は別の誰かが住んでいる。
「スーパーソニックガール」完/次話「夜歩く」




