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旅神のご加護がありますように!  作者: マリオン
第5話 王都

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8

 私は何をしているのだろうか。


 好きな色は何かと問われて、緑であると答えただけなのに。

「痛い! 痛いですって!」

 私は拷問のように腰まわりを締めあげられていた。

「我慢してください!」

 私にあてがわれた侍女は、王城の侍女にしては勇ましく、私としては好ましいと思うのだが、それにしたってもう少し優しくしてくれてもいいではないかと泣き言の一つも言いたくなる。

 存分に補正下着を締めあげて、ようやく納得がいったものか、侍女は私に緑のドレスを着せる。華美な装飾のない、素朴な、しかし仕立てのよいドレスで、深緑の中の薄緑が木漏れ日のように美しい。

「マリオン様の肌には艶がありますね。旅を続けていらっしゃるとのことですのに、肌を健康的にたもつ秘訣でもあるのでしょうか?」

 旅具のおかげです、とも言えぬ。ははは、と乾いた笑いで答える。


 あの夜、私の放った矢文は、あやまたず糸杉を射抜き、団長の手に届いていた。

 王命を受けた騎士団は、すぐさま城内を制圧、幼王を保護して、操られていた近衛兵を捕縛した。当初は激しく抵抗していた近衛兵も、少しずつではあるが宝冠の支配から脱し、正常に戻りつつあるらしい。


「マリオン様を、お連れしました」

 侍女に案内されて、王城の応接室に入る。

 どうやら私が最後だったようで──ドレスなんて着せるのがわるい──先に談笑していた面々の視線が、いっせいにこちらに向く。

「ほう、意外と似合うじゃないか」

「意外と?」

 いらぬ一言を加えた団長を、じろりとにらむ。

「褒めるだけでいいんですよ」

 団長の隣の老爺──いつぞやの団長とは違って、年相応の老爺が仲裁に入る。見たことのない顔だから、この老爺こそ、事前に参加を聞かされていた宰相なのだろう。

「でも、本当に似合ってるよ」

 言って、リュカが目を細める。見れば、先代とリュカも、同じく正装に身を包んでいる──ま、私とは違って、商談なんかで着慣れているものとみえて、違和感なく着こなしているんだけれども。

「ありがと」

 返して、空いていた椅子に腰をおろす。


「此度は大儀でありました」

 王太后が口を開き──「此度」の経緯を語り始める。


 摂政の任に就くにあたっての儀式において、王城の宝物庫より取り出した古の宝冠を手に取り、それ以降の記憶が曖昧であること。宝冠に操られて、幼王に無体を働いたこと。宝冠の画策により、国を危うくしたことなどを語り、詫びと──あわせて皆に感謝の言葉を告げる。


「特にマリオン、あなたの働きはすばらしいものでした。褒美をとらせましょう」

 ほしいものはありますか、と王太后が問う。

「──特にありません」

 問われて考えてみるが、ほしいものは、だいたい持っている。

「それは困りましたね。それでは、マリオンには好きなものはありますか?」

「本が好きです」

 問われて、素直に返す。

「王都には、王立図書館といって、王国の収集した書物を整理、保管して、閲覧に供する施設があるのです。図書館を利用したいとは思いませんか?」

「ぜひ!」

 何という魅力的な提案であろうか。王太后が語り終えぬうちに、かぶせるように願い出る。

「わかりました。王立図書館は、貴族、準貴族のみの利用が認められていますから、マリオンには騎士爵を授けましょう」

「え、私、貴族になるの?」

 図書館は利用してみたいが、貴族になりたいというわけではない。救いを求めるように、団長たちを見やる。

「世襲の貴族になるということではない。一代かぎりの準貴族として、騎士爵を授けられるということだ。名誉なことではあるが、それほど驚くようなことでもない」

 安心しろ、と団長が笑う。

「騎士じゃなくて、狩人の方がうれしいんだけどな」

 独り言のつもりでつぶやいたのだが、どうやら王太后の耳にも届いていたようで。

「狩人爵というものはありませんから、あきらめなさい」

 と、愉快そうに微笑む。


「では、マリオンに騎士爵を授けます。準貴族となるのであれば、家名が必要になりますから、あわせて姓も与えましょう」

 望む姓はありますか、と王太后が問う。

 私は平民なので、姓はない。普段はマリオンと名乗り、よそのマリオンがいるかもしれないところでは、ダラム村のマリオンと名乗る。となると、しっくりくるのは「マリオン・ダラム」であろうか。しかし、村の名前である「ダラム」は、村長の姓でもある──つまりロビンと同じ姓になるということであり、なんだかなあ、と躊躇する。

「もしも望む姓がないのであれば、ぜひ『アルダ』とお名乗りください」

 フィーリが胸もとでささやく。

「エルディナ・アルダ、かつての我が主の姓です」

 と、懐かしむように続ける。

「では『アルダ』という姓を望みます」

 答えると、胸もとのフィーリが、うれしそうに笑う。

「マリオン・アルダは、リムステッラの騎士となりました」

 摂政の権をもって、王太后が宣言する。


「さて、騎士マリオンに、お願いがあります」

 王太后は、ここからが本題である、というふうに、真剣な面持ちで口を開く。

「は?」

 団長からは、褒美をもらうだけの茶会、としか知らされていなかったので、王太后からの願いと聞いて、ずいぶんと間抜けな声をあげる。

「マリオンには、巡察使として、旅を続けてほしいのです」

 巡察使。聞き慣れない言葉に、再度救いを求めるように、団長たちを見やる。

「巡察使というのはな──」

 見かねて団長が声をあげる。団長によると、巡察使とは、王の代理として地方をめぐり、領主の不正を取り締まり、民の不満の声を聞き、王に報告するという役職なのだという。

「お姉ちゃんが、僕に報告するの?」

 王に報告する、という部分のみ聞き取ったのだろう。大人の話をつまらなさそうに聞き流していた幼王が、うれしいなあ、と無邪気に笑う。幼王に無垢に微笑まれては、断ろうにも断れぬ。はめられた。

「申し訳ないと思っているの。でも、マリオンを頼るのが一番よいって、グレンに勧められて──」

 王太后に名指しされて、団長が、にたり、と笑う。祖父の友人というだけあって、本当に困った爺さんである。

「これは騎士としての義務ではありません。私からのお願いです」

 王太后が、すがるような目を向ける

「私は、宝冠が──いえ、自らが犯した罪を明確には覚えておりません。しかし、数多くの罪を犯したことは間違いないのです」

 と、今はなき邪悪な宝冠を思い起こすように、頭を抱えて嘆く。

 宝冠を打ち砕いて、王太后は正気に戻った。しかし、それで宝冠の策謀のことごとくが潰えたわけではない。リムステッラを滅ぼさんと画策した奴の謀略のいくつかは、いまだこの国に──いや、もしかしたら外つ国にさえ根を張っており、芽吹くときを待っているかもしれないのである。

「旅をして、私の犯した罪をみつけたならば、あなたに正してほしいのです。それが、私の望む、巡察使としての務めです」

 王太后は悲壮な願いを告げて、私の返事を待っている。


 団長は、ずるい。

 祖父の──リンクスの孫であれば、助けを求める声を無視できるはずがないことを知っていて、王太后に私を頼るよう勧めたのであろう。


「──巡察使、謹んで拝命いたします」

「ありがとう!」

 王太后は感謝の涙をこぼす。


 王太后は、傲慢な為政者などではない。我が子を愛する、一人の母親にすぎない。王太后の愛する幼王の未来のために、彼女の重荷を、少しでも私が代わりに背負ってあげられるのなら、巡察使もわるくないのかもしれないな、と思う。



「旅、続けることになったね」

「そうこなくては」


 応接室では、いまだ宰相を中心に巡察使についての詳細を詰めているところであったが、私は必要ないだろう、と堂々と抜け出してきて、王城の庭園で風にあたる。


 私は王太后の命を受けて、巡察使として、旅を続けることになった。

 巡察使としての報告は、王に対面して伝えてもよいし──幼王はそれをこそ望んでいるようだった──遠方に出向いた際などは、使いのものをよこして、レーム家を通じて伝えてもよいということになった。巡察使の補佐としての役割を担うことになったレーム家は、家格をあげられ、王城への出入りを許されて──あわせて、商店としても王室との取引を許されることになった。王室御用達となることはレーム家の悲願であったらしく、図らずも先代にはずいぶんと感謝される。


「王都まで旅するだけのつもりだったんだけどなあ」

「これまでの旅なんて、散歩のようなものですよ」

 言うに事を欠いて、散歩とは。大口を叩く旅具を指で弾こうとして──ふと思いとどまる。


 旅具にそそのかされて旅に出て、私はいくつもの素敵なものに出会った。その出会いに助けられて、とらわれたリュカを助けることもできた。そもそも旅具がいなければ、とらわれることもなかったのではないか、なんて意地悪は言わない。旅具のおかげで助けることができたのだと素直に感謝する。


「これからも、よろしく頼むよ」

 感謝を口にするのが気恥ずかしくて、私はくすぐるようにフィーリをなでて──いたずらな風に、ふわりと踊るドレスの裾を押さえながら、はにかむように笑った。

「王都」完/次話「ハーフエルフ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 締めくくりが軽やかで実にいいですね。 次の旅へと心が風に乗って舞い上がるようです。
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